"十九年間、夫に翻訳されていた" 第11話
番古いピンクの表
調まで、あと。
曜の夜、マンションはい静寂に沈んでいた。
寝からは、俊介の規則正しい寝息が微かに聞こえていた。もな役員会議があると言って、彼はにはベッドに入っていた。妻が婚を突きつけ、をる準備をめているというのに、彼の眠リズムは分たりとも狂わない。
私は抜き差しで廊を渡り、斎のドアを押しけた。
かりは点けず、スマートフォンのライトだけで本棚を照らす。
目線のさに並んだ冊のノート。その番端、褪せたピンクの表を、私は再び引き抜いた。そしてもう冊、美咲が学に入学した頃の、黄緑のノートもにとった。
カーペットのに座り込み、膝のでピンクのノートをく。
俊介の若い頃の跡。今よりもし角張っていて、それでも几帳面な万の文字。
私はページをめくりながら、自分の記憶の糸を本ずつ繰り寄せていた。
『奈緒は自分が傷つくことを極度に恐れている。挑戦して失敗するくらいなら、最初からのせいにして諦める方が楽だと無識に考えているようだ。彼女が仕事を辞めたがったのも、職の関係から逃げたかったのが本音だろう』
、結婚して最初のの記述だった。
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胸の奥が、ぎしりと軋んだ。
否定したかった。これは俊介の傲な捏造だと、全部彼の歪んだ支配欲の産物だと切り捨てたかった。
けれど、スマートフォンの青いので、代半ばの自分の記憶が、酷なまでに鮮に蘇ってきた。
あの、私は確かに勤めていた信用庫の関係に疲れ果てていた。窓でのミスが続き、司の叱責に怯えていた。
に帰り、泣きながら俊介に「仕事を辞めたい」と言った、俊介は淡々と私の状況を分析したのだ。
『君は関係のストレスに耐性がい。無理して働き続けるより、専業主婦として僕を支える側に回る方が、君の精神な定のためにも理だ』
あの、私はどうじただろう。
侮辱されたとじただろうか? 私の能性を否定されたとっただろうか?
――違う。
私は、ホッとしたのだ。
俊介が「君は傷つきやすいから、辞めていい」というもっともらしい免罪符をくれたことに、の底から堵してしまったのだ。
「……私のせいでも、あったんだ」
暗ので、声が漏れた。
黄緑のノートをく。代半ば、域のPTA役員を押し付けられそうになってパニックになっていた期の記録。
ここでも俊介は『奈緒は集団に適応できない』と分析し、私が役員を辞退するための文面を完璧に作成してくれた。
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私はその文面をそのまま使い、役員を逃れた。
私は被害者だった。けれど、ただの無垢な被害者ではなかったのだ。
俊介の「おはこういうだ」という都のいい翻訳は、いつだって私にとっての都のいいシェルターでもあったのだ。
現実の理尽と戦わなくて済む。失敗して恥をかかずに済む。傷つくに、「夫がそう言うから」と殻のに閉じこもることができる。
私はその甘い麻酔に、も浸かり続けていたのだ。
俊介が私から言葉を奪ったのではない。
私が、言葉を紡ぐ責任と痛みを放棄して、俊介に翻訳権を差ししていたのだ。
『もういい』という言葉は、絶望の叫びであると同に、私が現実から逃げすための図でもあった。
涙はなかった。代わりに、たい氷のような覚悟が、胃の腑の底にすとんと落ちていく触があった。
俊介をモンスターに仕てげて逃げすことはできない。
このの歪な共犯関係を終わらせるには、私が「被害者」の座をりなければならないのだ。
私は冊のノートを閉じ、本棚の元の位置へ静かに戻した。
背表のテプラが、暗のでかすかにを反射していた。
もう度と、このノートに私のを約させない。傷つくとしても、恥をかくとしても、私は私の言葉で世界と対峙しなければならない。