"十九年間、夫に翻訳されていた" 第10話
学帰りのカフェ
調まで、あと。
曜の夕方、私は世田の自宅ではなく、美咲が通う予備の最寄り駅の改札でっていた。
制の群れのから、見慣れた紺のブレザーが現れる。肩にかけた通学カバンをそうに揺らし、うつむいて歩く娘の姿を見つけた瞬、私は迷わず歩み寄った。
「美咲」
呼び止められた美咲は、びくりと肩をねさせた。顔をげ、私だと認識した途端、その瞳に警戒のがる。
「……何? 待ち伏せ?」
「しだけ話せる? じゃなくて、どこか静かなところで」
「予備のコマ、あと分で始まるんだけど」
「分でいい。お茶杯だけ付きって」
美咲は骨に嫌そうな顔をしたが、私の引かない気迫に気圧されたのか、さく舌打ちをして駅ビルの階にあるセルフサービスのカフェへと向かった。
夕方の内は、参考を広げるやパソコンを叩く会社員で適度にざわついていた。それがかえって都がよかった。あの静まり返った世田のマンションでは、壁の向こうに俊介の気配があるだけで、すべての言葉が検閲されているようにじられたからだ。
私はトレイにアイスティーをつ乗せて席に戻った。美咲はストローの袋を細かく千切りながら、窓のを見つめていた。
「何? お父さんの悪なら聞きたくないよ」
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先を打つように、棘のある声がんできた。
「悪を言いに来たんじゃないの」
私はアイスティーのグラスにを添え、ゆっくりと息をえた。にならないこと。俊介のように理詰めで追い詰めるのでもなく、ただ、事実を差しすこと。
「美咲。昨、あなたが言ったこと、ずっと考えてた」
「……何のこと」
「お父さんは何も悪くない、なんでお母さんが被害者面するのかって言ったでしょう」
美咲の指が止まった。千切られたくずが、テーブルのにさく散らばっている。
「美咲はさ、お父さんに何か見を言った、最に『お父さんの言う通りにする』って答えることがいでしょう。あれは、本当に納得してるの?」
「……何それ。納得してるからそう言ってるんでしょ」
「本当に?」
私は美咲の目をまっすぐに見つめた。娘は線を泳がせ、ストローをグラスに突き刺した。
「美咲がの、部活を辞めたいって言った夜のこと覚えてる?」
美咲の喉が、微かにいた。
「あの、あなたはお父さんに、ダイニングで話を聞かれたわよね。部活を辞めることのデメリット、内申点への響、途半端な挫折が将来の忍耐力に与える悪響。お父さんは切鳴らずに、ノートに図まで描いて説した」
「……」
「美咲は最、泣きながら『わかった、続ける』って言った。翌朝、お父さんは青いノートに『美咲は自分の甘えを自覚し、逃げさない決を固めた』っていてたわ」
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美咲のグラスを持つが、微かに震え始めた。
「ねえ、美咲。あの、本当に自分の甘えに気づいて納得したの? それとも、もうこれ以あの正論を聞き続けるのが嫌で、く部に戻りたくて、参したの?」
沈黙が落ちた。
カフェの喧噪が、くのアクアリウムの底の音のようにぼやけていく。
美咲は唇をきつく噛みしめ、膝ののスカートを握りしめていた。その爪の先が、くなっている。
「……お母さんには、関係ないじゃん」
絞りすような、ひび割れた声だった。
「関係なくないわ。だって私も、まったく同じことをやってきたんだもの」
美咲が驚いたように顔をげた。その目元が、赤く滲んでいた。
「お父さんと話すのは、すごく疲れるでしょう。られないからこそ、反論する自分が悪いのようにえてくる。だから私たちは、『もういい』って言って、お父さんの差しす答えにサインしてきたのよ」
「……だったら、どうしろって言うのよ」
美咲の声が震えた。涙が、筋、頬を伝って落ちた。
「お父さんの言うこと、違ってないもん。部活だって、結局続けてよかったってってるし……。お父さんは正しいよ。正しいに、何て言い返せばいいの? 言い返せない私がバカなだけでしょ!?」
それは、歳の娘の鳴だった。
正しいという暴力。逃げのない正論で囲い込まれ、自分のの居所を奪われ続けた子供の、きのないりだった。
「美咲はバカじゃない」
私はを伸ばし、千切られたくずの横にある美咲のたいに触れた。娘は今度は、を引かなかった。
「正しくなくても、自分の気持ちは自分のものなのよ。理屈にわなくても、嫌なものは嫌でいいの。お母さんはそれを、言えなかった。あなたにそのき方を押し付けようとしていたのは、お父さんだけじゃない。お母さんも同罪だったの」
美咲は顔を伏せ、両で顔を覆った。
細い肩が、音もなくに揺れていた。