"十九年間、夫に翻訳されていた" 第3話
お母さんらしい帖
翌朝の曜、リビングは気なほど普段通りだった。
キッチンの窓から差し込むのので、俊介はトースターから焼きがったパンを取りし、美咲の分のマグカップに温かいカフェオレを注いでいた。昨夜の婚届も、あの青いノートも、テーブルのからは綺麗に片付けられている。
「美咲、もう半だぞ。模試の勉、午に片付けるんじゃなかったのか」
俊介の声に、廊の階段をパタパタとりてくる音が応えた。
「起きてるってば。もう、お父さんうるさい」
歳の美咲は、のジャージ姿のままダイニングチェアに座り、スマートフォンをいじりながらパンをかじった。どこにでもある、休の朝の景。けれど私には、この空の面に目に見えないセメントが塗り込められているようにえてならなかった。
昼、俊介が洗のためにガソリンスタンドへかけたのを見計らい、私は美咲の部のドアをノックした。
「美咲、ちょっといい?」
「んー? なに、お母さん。今、古文の単語やってんだけど」
ベッドのであぐらをかいている娘のに、私は昨夜の青いノートを差しした。俊介がリビングのサイドボードのに、隠すでもなく無造作に置いていたものだ。
「これ、読んでみてほしいの」
「え、なにこれ。
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古っ。記?」
美咲は怪訝そうに眉を寄せながら、適当なページをいた。
そこは美咲が学受験を控えていたのの記録だった。私がインフルエンザにかかり、美咲の塾の送り迎えを俊介に頼んだの記述だ。
『美咲の受験がづくにつれて、母親としてのプレッシャーに押し潰されそうになっている。自分が勉を見てやれない甲斐なさを、俊介さんの細かい事へのしのせいにしてつ当たりしてしまった。私には母親としての覚悟がりない』
美咲はパラパラと、ページめくり、ふっとで笑った。
「なにこれ、お父さんの字じゃん。お父さんがいたの?」
「そうよ。全部、俊介さんがいたの。私の名で」
私の声の緊張に気づいたのか、美咲はしだけ線をげた。
「……お母さん、これでお父さんと喧嘩したの?」
「喧嘩じゃないの。美咲、よく読んで。お母さん、こんなこと度もったことない。つ当たりなんてしてないし、覚悟がりないなんて自分を責めてもいなかった。なのに、お父さんは勝に私の気持ちをこうやって――」
「でもさ」
美咲はノートをパタンと閉じて、ベッドのに放り投げた。その仕のあまりの軽さに、私の言葉が途切れる。
「いてあること、べつに違ってなくない?」
「……え?」
「だってあの頃のお母さん、毎ピリピリしてて、お父さんに『もうちょっと静かにドア閉めて』とか『お茶の温度が違う』とか、めっちゃ細かいこと言って当たってたじゃん。
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覚えてないの?」
「それは……あのは病もあって、私もがあって――」
「お母さん、いつもそうやって言い訳するよね」
美咲は何の悪もない、ただ事実を指摘するだけのカラッとした調で言った。
「お父さんが言ってたよ。『お母さんは真面目すぎるから、自分がキャパオーバーになってることに気づけないんだ』って。だからお父さんがいろいろ先回りして決めてくれてるんでしょ? このノートの言い回しはちょっとくて気持ち悪いけどさ、言ってるは、いつものお母さんじゃん」
喉の奥が、からからに乾いた。
美咲を責めることはできなかった。
美咲はまれたから、この「俊介の解説付きの母親」を見て育ってきたのだ。私が苛っていれば「お母さんは疲れている」、私が何かを拒絶すれば「お母さんは自信がない」。
俊介がかけて美咲に施してきた“翻訳”が、娘の考の骨組みそのものになっていた。
「……美咲は、お父さんが正しいとうのね」
私が絞りすように言うと、美咲はし気まずそうに線を泳がせ、スマートフォンの画面に目を戻した。
「正しいとかじゃなくて……。お母さん、また理なんじゃないの? 最ちょっと変だよ。あんまりお父さんを困らせないであげてよね」
その言葉遣いすら、俊介のコピーだった。