みかん小説
本棚

"白紙の投函" 第15話

テーブルのい

娘の頬はやつれ、唇はく乾いていた。

だが、その瞳の奥には、のような怯えや取り乱した様子はなかった。嵐のをで歩き通してきた者だけが持つ、奇妙な静けさがあった。

「織……!」

台所から駆け寄ってきた恵子が、泣きしそうな顔で娘の肩を抱いた。

織は母の背にそっとを添え、それから居の入りにつ私へと線を向けた。

「お父さん」

「……あがれ。寒かっただろう」

私が言えるのは、それだけだった。

織は居のテーブルの端に腰をろした。恵子がした温かいほうじ茶の湯気を、ただじっと見つめていた。

のは静まり返っていた。をるの音だけが、くでかすかに響いている。

「式は、延期にしてもらった」

織のからた言葉は、く、そして迷いがなかった。

「式には、私から話した。キャンセル料の違約のことも、ちゃんと聞いた。私の貯から全額払う。……拓也さんにも、さっき話で話した」

私の脳内で、培ってきた管理職としての考が、けたたましく警報を鳴らし始めた。

全額払う? あの子の貯でりるのか。

親戚への連絡はどうする。

相の親族に対する慰謝料の請求に発展する能性はないのか。

これから先のあの子の世体は。会社でのは。

無数の「現実なリスク」

広告

が、黒い濁流のように私の喉元までせりがってきた。

問い質さなければならない。

どうするつもりなのか。これからどうやってきていくのか。理由は何なのか。

をきかけたその、私の界の隅に、枚のがび込んできた。

ダイニングテーブルの真ん、ガラスのコースターのに、つ折りにされたいコピー用が挟まれていた。

いつ置かれたものだ。

拓也さんが来たときか。それとも、織が戻る直、郵便受けに差し込まれていたのを恵子が何気なく置いたのか。

の端には、見慣れた朝体の黒いインクが微かに覗いていた。

私は息を呑み、震える指先でそのを引き抜いた。

広げたには、たった。

今まで届いたどの言葉よりもく、そして研ぎ澄まされた刃のような文字列が印字されていた。

『今度こそ、あの子が「嫌だ」と言ったとき、あなたはその「嫌だ」だけを聞くことができるか。』

を持つ指先から、体温が奪われていくようだった。

――理由を問うな。

――納得を求めるな。

の向こうから、美の、いや、の娘の魂の叫びが聞こえてくるようだった。

私はを伏せ、テーブルのに置いた。

織が、そのを見つめていた。

娘は驚かなかった。そのが何であるか、誰がいたものであるかを、完全にっている目だった。

織は膝ので固く握りしめた拳を見つめ、震える声で言った。

「……お父さん。私ね、拓也さんと結婚するのが、本当に怖いの」

私の臓が、肋骨の内側を激しく打った。

「どうして……」

喉からかかった言葉を、私はすんでのところで呑み込んだ。

「どうして」と言ってはいけない。

「理由を言え」と迫ってはいけない。

理由を求めた瞬、私は再び「審査官」の子に座ることになるのだ。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: