"白紙の投函" 第9話
喫茶の尋問
曜の午、私は神保町にある古い喫茶の奥の席にいた。
暗い内に、静かなクラシック音楽が流れている。テーブルを挟んだ向かい側には、コートを脱がないまま浅く腰掛けた織がいた。
注文したつのブレンドコーヒーからは、い湯気が細くちっている。どちらも、まだもをつけられていなかった。
「美さんに、会ってきたよ」
私ができる限り声を落として切りすと、織の線が元のスプーンへと落ちた。
驚いた様子はなかった。まるで、その報告が届くをあらかじめっていたかのように、ただ静かに睫毛を伏せただけだった。
「……そう」
「君が、のことを最初からっていたと聞いた」
織は答えなかった。指先が、膝のでバッグの持ちをく握り締めている。
「なぜ、お父さんに言も相談してくれなかったんだい?」
私は努めて穏やかな、理解ある父親の声音を保とうとした。声を荒らげてはいけない。になれば、美の言う「尋問」になってしまう。私はただ、事実を確認したいだけなのだ。
「あんなを放っておけば、式のキャンセルや親族への連絡も含めて、取り返しのつかない混乱になる。拓也さんにも失礼だろう。織、おが止めなかったのは、何か理由があるのか?」
沈黙が落ちた。
広告
スプーンのの表面に、井のオレンジのランプが歪んで映っていた。
織は数秒、何かを喉の奥で押し殺すように呼吸をえ、それから掠れた声をした。
「……止められなかったの」
「どうしてだ」
「美の言っていることが、全部……違っているとは、えなかったから」
胸の奥を、細い針で刺されたような痛みがった。
「違っていない?」
私はわずを乗りした。膝のの拳に力が入る。
「あんなものが正しいはずがないだろう。お父さんがいつおを脅した? いつおの自由を奪った? 絵の学のも、のも、お父さんはただ、現実の厳しさを客観に理して伝えただけだ。決めたのは、お自じゃないか」
「うん」
織はさく頷いた。
「決めたのは、私だよ」
その声があまりにも々しく、そしてどこかえ切っていたため、私は次の言葉を失った。
「織。お父さんはね、ただおの幸せを願っているんだ。もし拓也さんとの結婚に迷いがあるなら、正直に言ってほしい。収入のことか? それとも、あの事務所での将来性にがあるのか? それとも彼自の性格に――」
「拓也さんは、優しいよ」
織が私の言葉を遮った。その遮り方は、昨夜の恵子のそれと酷く似ていた。
「優しいよ。でも……」
「でも、何だ?」
私はすぐに問い詰めた。
「理由があるなら、きちんと言ってごらん。
お父さんが話を聞いて、緒に理してやるから」
言ってから、ハッとした。
理由があるなら。
理してやるから。
私のから自然にこぼれ落ちたそのフレーズを聞いた瞬、織の瞳から、微かに灯っていたが完全に消えった。
彼女はふっと力を抜き、バッグを抱え直した。
「……ううん。何でもない」
「織」
「何でもないの。ただの、私のわがままだから。気にしないで、お父さん」
織はいつもの、柔らかく、誰のも傷つけない完璧な笑顔を作った。
、私をさせ続けてきたその笑顔が、今はひどく精巧に作られた仮面の気悪さをもって、私の目のに張り付いていた。