"十年前消えた妹の耳たぶ" 第6話
きれいな理由なんてない
「何が望み、ですって?」
私の喉から、く濁った笑いが漏れた。りで奥歯がガタガタと鳴っていた。
「よ。、あんたを探し回ったの。警察にをげて、毎ビラを更して、怪しい占い師に騙されそうになって……そうやってきてきた姉に、最初の言葉がそれ?」
「声を落として」
奈津美は怯えた目でのを見た。その淡な警戒が、私の神経を逆撫でする。
「連れて帰る気? ここに警察でも呼ぶ? それとも、あのに引きずり戻して、みんなで泣きながら抱きえば満なの?」
「奈津美!」
「私は戻らない」
奈津美ははっきりと、私の目をまっすぐに見据えて言った。
「母さんには言わないで。お願いだから、私のことはんだことにしておいて」
「そんなこと、できるわけないでしょう! 母さんは今でも分のケーキを予約してるのよ! あんたがいつ帰ってきてもいいようにって!」
私の叫びに、奈津美は顔を歪めた。だが、それはしみではなく、耐えがたいものを見るような苦悶の表だった。
「だから嫌なのよ」
奈津美の声が震えていた。
「母さんに私がきてるって教えたら、どうなるか分かる? 『きててよかった』だけで終わるわけないじゃない。会いたがるに決まってる。会ったら、に帰ってこいって言うに決まってる。帰ったら、どうしても連絡しなかったのかって、毎毎、納得のいく理由を求められるのよ」
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彼女は両で顔を覆い、荒い息を吐いた。
「私には、そんなものないの」
「……え?」
「母さんたちが許してくれるような、綺麗な理由なんて何つないのよ」
指の隙から、奈津美の充血した目が見えた。
「借取りに追われたわけじゃない。悪い男に騙されたわけでもない。記憶喪失になったわけでも、宗教にハマったわけでもない。……ただ、嫌になったの」
のの記憶が、私の脳裏に蘇る。
歳の奈津美は、度目の転職に失敗し、派遣の事務も続きせず、に引きこもりがちだった。
母は毎、「次はどうするの」「真紀を見習いなさい」「奈津美は昔から落ち着きがないんだから」と言い続けていた。
父は無言でため息をつき、私は私で、「あんたのためをって」と、資格のパンフレットを集めて机のに置いてやった。
「あの、たまたま梨のリゾートホテルのみ込みバイトを見つけたの。ヶだけの期。ちょっと息抜きして、しおを貯めたら帰るつもりだった」
奈津美は乾いた声で続けた。
「でもね、甲府に来て最初のに、職のが私に『佐藤さん』って呼んでくれたの。私の過をらない。私がを退したことも、仕事を回辞めたことも、『真紀ちゃんに比べてがかかる妹』だってことも、誰もらない」
彼女の瞳に、暗いが宿った。
「誰も私に、『あなたはどうせまた途で投げすんでしょ』って言わなかった。
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それが……息ができるって、こういうことなんだって初めてったの。それで、話を解約した。帰るのをやめた。それだけよ」
私は言葉を失い、ち尽くした。
そんなことのために。
そんな、誰にでもある息苦しさから逃げすためだけに、あのを獄に変えたというのか。
「勝よ」
私のから、氷のようにたい言葉が落ちた。
「あんたが梨で『息をして』いる、あのがどうなったかってる?」
奈津美が息を呑んだ。
「お父さんは、んだわよ」
奈津美の体が、に打たれたようにねた。
「……え?」
「にね。胃がんで。胃を全部取って、骨と皮だけになって、最はモルヒネで識が混濁して……それでもぬの晩まで、あんたの部の鍵をパジャマのポケットに入れてたわ。『奈津美が帰ってきたらけてやらなきゃならん』って」
奈津美の顔から、完全に表が消え失せた。
彼女の膝がガクガクと震え始め、そのに崩れ落ちそうになるのを、彼女は背のブロック塀にをついて必に堪えた。
「嘘……お父さん、まだ代……」
「あんたがいなくなってから、お酒の量が尋常じゃなかったのよ。あんたがお父さんを殺したも同然よ」
言い過ぎだ、とのどこかで理性が警鐘を鳴らしていた。だが、止まらなかった。
私だけが背負ってきた分の汚物と苦痛を、この妹のから滴残らずぶちまけてやりたかった。
罪悪で息の根を止めてやりたかった。
そのとき、の入りからりの音がづいてきた。