みかん小説
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"十年前消えた妹の耳たぶ" 第4話

分のショートケーキ

京へ戻るりの特急列のなかで、私は度も目を閉じることができなかった。

窓ガラスに映る自分の顔は、のように青かった。

どうしてあので腕を掴まなかったのだろう。

どうして声をして、「この女は偽名を使っている、族を捨てて逃げ回っていた私の妹だ」と叫ばなかったのだろう。

答えはわかっていた。

あの女の子だ。

「お母さん」と屈託なく呼んだ、あの子のが、私の腕を縛りにしたのだ。

もし奈津美が、どこかで借取りに追われていたり、粗末なアパートでで震えて暮らしていたなら、私は躊躇なく彼女を連れ帰っただろう。鳴りつけ、泣き叫び、無理にでも実の敷居を跨がせただろう。

だが、彼女は「お母さん」になっていた。

活があった。

夕飯のを気にする常があり、く帰ってくる夫がいて、部活帰りの娘がいた。

彼女は、私たちを事故で失ったのではない。

自分の志で、あの族を選び、私たちのをゴミ箱に放り込んだのだ。

午過ぎ、世田の実に戻ると、居のかりがぼんやりと灯っていた。

ガラリと引き戸をけると、母が鏡をのに乗せて、座卓のに古い学ノートとチラシを広げていた。

「お帰り、真紀。王子はどうだった?」

「……うん。特にトラブルもなく、終わったよ」

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私は喉のつかえを誤魔化しながら、コートを脱いだ。袋をした指先が、まだ微かに震えていた。

「よかったわねぇ。ねえ、真紀、ちょっとこれ見てちょうだい」

母が招きをした。

座卓のには、所の老舗菓子『たえ』のパンフレットが置かれていた。母のいたノートには、震える跡で数字と付がき留められている。

「来、ほら、私のの誕でしょう」

母が嬉しそうに目を細めた。。ちょうど週だ。

「寿のお祝いなんてげさなことはしなくていいんだけど、ケーキくらいはね、ちゃんとしたのをべたくて。たえさんに話したら、季節のイチゴをたくさん乗せてくれるって」

「……そう。よかったね」

私は座卓の端に腰をろした。

母のノートの端に、鉛でさくかれた文字が目に入った。

【ショートケーキ 分】

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。

父はもういない。

このには、私と母のしかいない。

それなのに、母は毎、自分の誕にも、クリスマスにも、必ずケーキを分予約するのだ。

仏壇の父の分。

そして、いつ帰ってきてもいいように、奈津美の分。

「今も、つ頼んでおいたからね」

母はパンフレットをおしそうに撫でながら、独り言のように言った。

「もしかしたらね、今こそ、ふらっと玄関をけて帰ってくるかもしれないでしょう。

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『お母さん、お腹すいた』って言ってね。あの子、たえのクリームが番好きだったから」

仏壇の線の煙が、細く、まっすぐに井へ昇っていく。

私はコートのポケットの奥くに突っ込んだ、甲府からの特急券の半券を、指先でく握りしめた。

いの角が、爪のにい込んで鋭い痛みをらせる。

目ので無邪気に微笑む母に、「奈津美はきていたよ」と言えばどうなるだろう。

母は泣くだろう。

そして即座に、「今すぐ会いにこう」「連れて帰ってきなさい」と言うに違いない。

だが、奈津美は言ったのだ。

『違いだといますけれど』

あの完璧な拒絶の目を、私は忘れることができない。

あの子は、母の待つこのに戻る気など微もない。

「真紀? 顔が悪くないかい? やっぱり疲れてるんじゃないの」

母が配そうに私の顔を覗き込んできた。

「……ううん。お腹が空いただけ。着替えてくるね」

私はちがり、居をた。

階段をがり、階の突き当たりにある、閉ざされたままの奈津美の部のドアを見つめた。

鍵穴には、父が磨き続けていた真鍮の鍵が、今も刺さったままになっている。

母の誕まで、あと。

私はまだ、何も言えずにいた。

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