みかん小説
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"十年前消えた妹の耳たぶ" 第3話

のたぶを触る癖

昼を過ぎ、午を回ると、スーパーのには買いしの主婦や自転に乗った学の姿が増え始めた。

旬の甲府のはたく、ベンチに座り続けていた先はすっかり覚を失っていた。

諦めて別の所を探すべきか、それとも学の周辺を歩くべきか迷い始めた午分のことだった。

スーパーの自ドアがき、材の入ったポリ袋を両にげたの女がてきた。

紺ののパーカーに、ゆったりとしたデニムのパンツ。

画面で見たのと同じだった。

写真よりもし痩せて見えたが、背格好、肩の落ち方、し内股気に歩くその癖は、私の記憶にある歳の妹と完全になっていた。

彼女は駐輪に向かって歩き、かごに子供用のシートがついたの軽のでを止めた。

私の臓が、の奥で激しく鐘を鳴らし始めた。

ちがったが、鉛のようにかった。アスファルトを踏みしめる靴音が、やけにきく響く。

彼女が自転のスタンドをねげ、ペダルにをかけようとしたその瞬、私は彼女の背、メートルほどの距までづいていた。

喉が完全に干からびていた。それでも、私は声を絞りした。

「奈津美」

女の背が、まるで針で刺されたかのようにねがった。

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自転を支えていた両がピタリと止まる。

世界からすべての雑音が消え失せたような、息の詰まる静寂がのに落ちた。

彼女は秒ほど背を向けたままかなかった。やがて、極めてゆっくりと、恐る恐る振り返った。

目がった。

ぶりの、妹の目だった。

黒目がちで、し茶がかった瞳。その瞳が、私を捉えた瞬に恐怖できく見かれた。

だが、次の瞬、彼女の顔から表がすっと抜け落ちた。

まるで能面のようにたく、完璧な「の顔」を作ってみせたのだ。

「……あの、すみません。違いだといますけれど」

声を聞いた瞬、私の背筋に悪寒がった。

トーンをしく取り繕ってはいるが、まぎれもなく奈津美の声だった。族ので言い訳をするときに、語尾がほんのしだけずる独特のイントネーション。

「違い?」

私は歩、いを詰めた。

「本気で言ってるの? 奈津美」

女は困惑したような笑いを浮かべ、わずかに首を傾げた。

「私、佐藤と申しますけど。どなたかと勘違いされているんじゃないですか? 失礼します」

彼女は私から線を逸らし、自転を押してそのをれようとした。

そのときだった。

彼女のが、無識のようにすっと持ちがった。

そして、差し指と親指で、自分ののたぶをきゅっとくつまんだのだ。

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私の界が真っ赤に染まった。

子どもの頃からの癖だった。

学のテストで悪い点を隠したときも、母の化粧品を勝に使って割ったときも、をサボって映画館にったときも。

奈津美は、嘘をつくときに必ずのたぶを触る。

どんなに誤魔化そうとしても、その無識の体の反応だけは直らなかった。

「……」

私のから、く掠れた声がた。

「嘘をつくとき、必ずそこ触るの、まだ直ってないのね」

女の指先が、たぶに触れたまま凍りついた。

彼女の顔から、先ほどまでの笑いが完全に剥がれ落ちた。目を剥くようにして私を見つめるその顔は、紛れもなく、逃げを失った妹のものだった。

「奈津美、あなた――」

私がを伸ばそうとした、そのだった。

「お母さーん!」

甲い、澄んだ声が駐に響いた。

振り返ると、紺の学のジャージを着た、、歳くらいの女の子が息を切らしてこちらへってきていた。

にはコンビニのビニール袋を持っている。

「ごめん、部活のミーティング引いちゃって! あ、買い物終わった?」

女の子は屈託のない笑顔で女の隣に滑り込んできた。

目元が、信じられないほど奈津美の幼い頃に似ていた。

私が息を呑んでちすくむ横で、奈津美――いや、佐藤美穂は、瞬に母親の顔に戻り、娘の肩を抱き寄せた。

「……ううん、今終わったところ。

く帰ろ。今、お父さんいって言ってたから」

美穂は私の方を度も見ようとしなかった。

彼女の指先が、娘の肩にい込むほどく握られているのが見えた。

「こう」

美穂は娘のをく引き、私の横をすり抜けてで歩きした。

「え、お母さん、自転は?」

「いいから、歩くの」

の音が、夕暮れの宅のへとざかっていく。

私は、スーパーの駐輪の片隅で、ただち尽くしていた。指本、かすことができなかった。

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