"十年前消えた妹の耳たぶ" 第2話
休届と片切符
曜の朝、私は会社に話を入れ、曜の休暇を申請した。
受発注の繁忙期でもないのに突然休みを取る私を、話の課はし訝しがったが、以無欠勤で働いてきた実績が幸いして、あっさりと承認された。
「お母さんの具でも悪いの?」
「いえ、し私用で。ご迷惑をおかけします」
受話器を置き、私は自の鏡のにった。
歳の私の顔には、それなりの皺と疲れが張り付いている。妹を探し回った代の終わり、父のホスピスに通い詰めた代の半ば、そして母ときりで取り残された現。私のは、あののを境にして、ずっと同じ所で踏みをしているようだった。
方、画面のの妹は、相応の落ち着きをにつけ、どこかので「佐藤美穂」として息をしていた。
んでいたわけではなかった。
事故に遭って記憶を失っていたわけでも、どこかの施設に閉じ込められていたわけでもなかった。
彼女は、きていた。
曜の朝、母がまだ寝ているうちにをた。台所のメモには「王子方面の取引先に直する」とだけいた。嘘をつく罪悪よりも、もしこの事実を母にられたらどうなるかという恐怖の方が遥かに勝っていた。
宿駅から央線の特急かいじに乗り込む。
広告
甲府きの内は、平の朝ということもあって閑散としていた。
窓のを流れるビルが、尾を過ぎるあたりから険しい並みへと変わっていく。トンネルを抜けるたびに、たいのが内に差し込んだ。
膝ので握りしめた提げ鞄のには、昨晩テレビ画面をスマートフォンで何度も撮した写真と、甲府内の図を印刷したが入っている。
ニュース番組の背景に映り込んでいたの表札から、学の特定は難しくなかった。甲府駅からバスで分ほどの宅にある公学だった。
もし違いだったらどうするのか。
の揺れにを任せながら、何度もその問いがをよぎった。
赤ののそっくりさんに向かって、いきなり泣きついたりしたらただの審者だ。だが、もし本だったら?
だぞ、奈津美。
お父さんは、おがいなくなってから酒の量が急に増えて、最は肝臓と胃を悪くしてんだ。くなるの晩、識が混濁するで、私のを握って「奈津美の部の鍵はどこだ」と何度も聞いていた。
お母さんは今でも、玄関におのスニーカーをだけしっぱなしにしている。「いつ帰ってきても、すぐに履けるように」って言って、毎週曜にブラシで埃を払っているんだ。
それなのに、おは甲府で子どもを育てているのか?
胸の奥からせりがってくるのは、妹の無事をぶ涙などではなかった。
胃の底がえ切っていくような、どす黒くいりだった。
午過ぎ、列は甲府駅のホームに滑り込んだ。改札をると、盆特の乾いたが吹き抜けていく。
私は駅のロータリーからタクシーに乗り、テレビに映っていた学の最寄りにある型スーパーの名を告げた。
宅のにあるそのスーパーは、平の午とあって客もまばらだった。私は駐が見渡せる駐輪の脇のベンチに腰をろし、たい缶コーヒーを握りしめたまま、学の方角を見つめ続けた。
は残酷なほどゆっくりと流れていった。