"新婦母の席札" 第9話
襟元をえる
曜の午半。
優が勤め先から度自宅に戻ってきた、はすでに暮のに覆われ始めていた。
オフィスカジュアルのチャコールグレーのスラックスに、仕てのいいベージュのトレンチコート。
優は玄関でち止まり、鏡に向かって髪をつに結び直していた。その横顔には、幼い頃から見慣れた頑固なまでの真剣さが貼り付いていた。
「……本当にくのね」
私はキッチンから濡れたを布巾で拭いながら、玄関ホールへ歩みた。
臓がずっと、肋骨の裏側を細かく突き続けている。
「うん。お父さんには言わなくていいよ。仕事に余計な配させたくないし」
優は淡々と答え、バッグのからの定期券を取りしてポケットに入れた。
昨夜、義母から届いたLINEの文面が、私の脳裏に焼き付いてれなかった。
『佐藤に代々伝わる本真珠のネックレス』
『お祝いとして用していた定期預の通帳』
義母はいつだってそうだった。
正論が通じなくなると、目に見える「格式」や「」をちらつかせ、相に恩を売り、きを取れなくさせる。
私自、結婚当初に義母から贈られた古い桐箱の帯留めを、経った今でも放せずにいる。あれをにつけるたび、「佐藤の嫁」という見えない鎖で首を絞められるような気がしていた。
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同じを、今度は娘に仕掛けようとしているのだ。
「優。やっぱり、お母さんも緒にこうか」
わずからた言葉だった。
培われた私の「代わり体質」が、またしても顔をもたげていた。
「おばあちゃんはいわよ。あなたが何を言っても、『若い子は世をらない』『親の教育がなっていない』って、話をすり替えるに決まってる。お母さんが緒にって、に入った方が――」
「お母さん」
優が振り返り、私の言葉を遮った。
その目は、拒絶ではなく、どこか諭すような静けさに満ちていた。
「それ、もうやめようって決めたんでしょ」
私は言葉を失った。
「お母さんがに入ったら、おばあちゃんはまた『綾子さんが孫を焚きつけた』って言うだけだよ。それに……」
優は線を落とし、トレンチコートのボタンをつ留めた。
「これは、私の結婚式の話なんだよ。私ののに、誰を呼んで、誰にどこに座ってもらうか。それを決めるのは、お父さんでもお母さんでも、ましておばあちゃんでもない。私と彼なんだよ」
娘の背筋は、驚くほど真っ直ぐに伸びていた。
いつのに、この子はこんなにもになっていたのだろう。
私の顔を伺い、祖母の理尽な嫌に怯えていたさな女の子は、もうどこにもいなかった。
私はさく息を吸い込み、優のに歩歩み寄った。
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そして、しだけ曲がっていたトレンチコートの襟元にを伸ばし、丁寧に、皺を伸ばすようにえた。
私の指先はしたかったが、優の首筋の温もりがのひらに伝わってきた。
「……分かったわ」
私は娘の目をまっすぐに見つめ返した。
「慮しなくていいからね。お父さんのためとか、私のとか、佐藤の体裁とか……そんなもの、全部ゴミ箱に捨ててきなさい」
優が、ふっとさく目元を緩めた。
「お母さんがそんなこと言うの、まれて初めて聞いた」
「私だって、たまには母親らしいこと言いたいのよ」
優はクスリと笑うと、「ってきます」とく言い、迷いのない取りで玄関のドアをけた。
カチャリと鍵が閉まる音が、静まり返った廊に澄み渡るように響いた。
私は、リビングに戻り、壁に掛けられた計を見げた。
午。実のある世田までは、で分ほどだ。
からの対決。
居てもってもいられなくなった私は、コートを羽織り、信夫の勤める会社の最寄り駅へと向かうにび乗っていた。夫に会うためではない。ただ、優が帰ってくるまでのを、きりの部でやり過ごす自信がなかったからだ。
駅の古びた喫茶に入り、たいがり始めた窓のを眺めながら、私はめきった茶のカップを両で抱え込んでいた。