"新婦母の席札" 第4話
虎の袋
翌朝、信夫は私が起きるよりもく、朝も摂らずに社していった。
玄関には、夫が慌ただしくをていった気配だけが残されていた。
午。
私は、キッチンのテーブルに座り、スマートフォンを握りしめていた。
画面が点滅し、いバイブレーションが鳴る。
『美津子姉さんから泣きながら話があったわよ。信夫君に式に来るなって言われたって。体どういうことなの? 綾子さん、あなたがに入って止めなきゃダメじゃないの』
信夫の叔母――義母の妹からのメッセージだった。
臓が嫌なね方をする。ほら、やっぱりだ。義母は昨夜のうちに、親族に話をかけまくったのだ。被害者としての完璧なシナリオを携えて。
続いて、別の親戚からの着信履歴。
画面を見るだけで、胃液が逆流しそうになる。
「私が、かなきゃ」
独り言が、乾いた喉から漏れた。
信夫は「謝りにくな」と言った。「なかったことにするな」と言った。
けれど、信夫は親族の恐ろしさをらないのだ。男として甘やかされて育った彼には、嫁というのが、親族のネットワークのでどれほど湿に、執拗に追い詰められるか、その本当の獄をらない。
矢面につのは、いつだって私なのだ。
なら、私がをげて済むなら、それが番傷が浅い。
今ならまだにう。
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義母のりが頂点に達するに、膝をついて、「昨夜のことは信夫の乱でした」と詫びれば、義母は満して矛を収めるはずだ。
私は急いで支度をえた。
派すぎず、かといって粗末でもない、紺の落ち着いたアンサンブル。髪をろでつにまとめ、化粧をする。
駅の百貨に駆け込み、と同にの菓子売りへ向かった。
選んだのは、虎の羊羹の詰めわせだった。
「夜の梅」が入った、番格式のい黒い化粧箱。熨斗には何もかせず、ただの引だけをかけてもらう。
ずっしりとしたみが、にい込む。
このみこそが、私のだった。義母の嫌を損ねるたび、私はこの黒との袋を提げて、実のをくぐってきたのだ。
タクシーを拾おうと自宅マンションのに戻ってきた、計の針は午を回っていた。
鍵をけて度部に戻り、義母へのを添えようと、玄関のドアをけた。
「……お母さん?」
靴を脱ぎかけたところで、廊の奥から声がした。
見げると、そこには優がっていた。
オフィスカジュアルのパンツスーツを着ている。今は休暇を取ったと聞いていたが、かける様子もなく、腕を組んで私を見ろしていた。
「優。起きてたの」
私は努めてるい声を作り、虎の袋を背に隠すようにした。
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「うん。ちょっと喉が渇いて」
優の線が、私の隠しきれなかった元に落ちる。
黒にの虎の紋章。見慣れた袋。
優の目が、すっと細められた。
「……それ、何?」
「え? ああ、これ? ちょっと、お持たせをね」
「誰に?」
「おばあちゃんに決まってるでしょう」
私は笑ってみせた。母親としての余裕を取り繕うように、靴を揃えながら言った。
「昨のこと、やっぱり放っておけないもの。お父さんは頑固になっちゃってるけど、男のってを張るから。私がに入って、ちょっとをげてくるわ。『昨は失礼しました』ってこれをお渡しすれば、おばあちゃんもしは気が済むはずだから」
「お父さん、謝るなって言ってたよね」
優の声は、驚くほど平坦だった。っているのか、呆れているのか、判別がつかない。
「お父さんは理論を言ってるだけよ。優の結婚式なのよ? 親戚みんなにい目で見られながらヴァージンロードを歩きたい? そんなの、お母さんが絶対に嫌よ。お母さんがちょっとして、をげれば、全部丸く収まるんだから」
私は袋を持ち直し、パンプスにをつっ掛けた。
靴べらにを伸ばしたそのだった。
「お母さん」
優が、玄関のがり框まで歩いてきた。
その顔には、昨夜のような戸惑いはなかった。ただ、痛ましいものを見るような、それでいて容赦のないが、娘の瞳の奥に宿っていた。
「優、急いでるの。午にかないと、おばあちゃんのお茶のに――」
「お母さんさ」
優は私の言葉を遮り、私の目を真っ直ぐに見据えて、静かに言った。
「本当におばあちゃんに、私の結婚式に来てほしいの?」
「え……?」
「それとも」
優の元が、わずかに歪んだ。それはに満ちた、さな笑みのようだった。
「誰かが自分のせいで嫌を損ねてる状態に、耐えられないだけなんじゃないの?」
たいの空気が、玄関のに張り詰めた。
私のから、靴べらが滑り落ちそうになった。
娘の言は、、私が「優しさ」や「の配慮」という綺麗な包装で包み隠してきた私のさの急所を、ミリの狂いもなく正確に撃ち抜いていた。