"新婦母の席札" 第3話
目の拒絶
その夜、佐藤のリビングは、まるで通夜ののような苦しい静寂に包まれていた。
信夫は帰宅してから言も発せず、暗いリビングのソファにく腰掛け、缶ビールを傾けていた。優は「しをやす」と言って、自分の部に閉じこもったきりてこない。
私はキッチンにち、え切った麦茶のポットを蔵庫に戻すこともできず、ただち尽くしていた。
、がにおいて「沈黙」は常に危険信号だった。
義母が嫌になった、信夫が押し黙った、親戚ので気まずい空気が流れた――私は常に、そのを温めるための化を演じてきた。
くだらない冗談を言い、お茶を淹れ直し、産を配り、相の自尊をくすぐる言葉を探し続けた。
誰かが嫌でいる状態に、私の神経は耐えられないように作られてしまっていたのだ。
「……ねえ、信夫さん」
耐えきれなくなった私は、湯呑みにい緑茶を注ぎ、信夫ののローテーブルに置いた。
信夫は缶ビールを持ったまま、かない。
「、勤するに実に寄りましょう。私も緒にくから」
信夫の眉が、わずかにいた。
「何をしにくんだ」
「謝るのよ、決まってるじゃない」
私は信夫の正面に正座し、すがるように夫の顔を覗き込んだ。
「『昨はお酒も入っていて、言葉が過ぎました』って、でをげればいいの。
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お義母様だって、息子のれ姿……優のれ姿を見たいに決まってるわ。主卓のことは、私が式に頼んで、婦側の席をつ増やしてもらえば解決する。両親と祖母ので座れるように配すれば、誰も文句は言わないでしょう?」
「綾子」
「お願いだから。私が悪かったのよ。私がもっと最初から、にお義母様をてて『お義母様もお座りになりませんか』って言っていれば、あんなことにはならなかったの。私の配慮がりなかったせいで、あなたとお義母様を喧嘩させちゃって……」
をついててくる言葉は、驚くほど滑らかだった。
自分が悪くなくても、「私が悪かった」と言えばが収まる。それが私の、でにつけた唯無の処世術だった。
「綾子」
信夫が、缶をテーブルに置いた。コトン、とさな音が響く。
夫は私を真っ直ぐに見つめた。その瞳にはりではなく、底れない疲労と、痛々しいほどのしみが湛えられていた。
「おは、本当にそれでいいのか?」
「え?」
「優の母親なのに、末席でお酌して回れって言われて……おは本当に、悔しくないのか?」
「悔しいとか、そういう問題じゃないでしょう」
私は苛ちを隠せずにになった。
「結婚式なのよ? 親戚が全国から集まるのよ? もしお義母様がいらっしゃらなかったら、親族のでどんな噂がつか分からないわ。
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『男の嫁が姑を追いした』って言われるのは私なのよ? そんな恥をかくくらいなら、席順なんてどうでもいいじゃない。私はただ、無事に式が終わってくれればそれで――」
「俺が、嫌なんだよ」
信夫の声が、私の言葉を断ち切った。
鳴ったわけではない。しかし、その声のみに、私は息を詰まらせた。
「信夫さん……?」
「俺はずっと、おが『いい』って言うから甘えてたんだ」
信夫は両で顔を覆い、く息を吐きした。指の隙から漏れる声は、微かに震えていた。
「母さんがおに理尽な嫌を言っても、おが笑って『丈夫ですから』って言うから。正休みに母さんがおだけに台所仕事を押し付けても、おが『信夫さんはゆっくりしてて』って言うから。俺は、おがで、くて、このの平を守ってくれてるとい込もうとしてた」
「それは……私が納得してやってたことよ」
「違う!」
信夫が顔をげた。その目は赤く充血していた。
「納得なんかしてなかったはずだ。おはただ、波をてるのが怖くて、自分がを被ることでしかきられなかったんだ。そして俺は……母さんと本気でぶつかるのが怖くて、番絶対に自分かられていかないおに、そのを全部押し付けてたんだよ」
信夫の言葉が、私の胸の奥に鋭く突き刺さった。痛い、という覚すら麻痺するほど、芯の部分を抉られた。
「『を守る』なんて嘘だ。俺はただ、自分の平穏を守るために、もの、おを母さんのサンドバッグにしてただけなんだよ」
信夫はちがり、窓のの暗を見つめた。
「優の式でまで、それをおにやらせたら……俺はもう、夫でも父親でもない。ただのクズだ」
「でも、お義母さんは……」
「今回のことは、俺と母さんの問題だ」
信夫は振り返り、私をい差しで見据えた。
「綾子。今回だけは、おが消しゴムになって消さないでくれ」
消しゴム。
その言葉の残酷なまでの確さに、私は言葉を失った。
「なかったことにするな。母さんが言った無茶苦茶な暴言も、俺が親子の縁を切る覚悟で言った言葉も、全部そこにあるんだ。おがに入ってをげて、元通りにしてくれるとうな」
信夫は寝へ向かうドアノブにをかけ、最にち止まって言った。
「もし今回もおが母さんを許して、謝りにって、主卓を譲ったら……俺は、自分を軽蔑することになる。そして分、おのことも、今まで通りには見られなくなる」
ドアが静かに閉まり、カチリとラッチがはまる音がした。
リビングに取り残された私は、え切った緑茶を見つめたまま、くことができなかった。
信夫の言っていることは、正論だった。
正しすぎて、息が詰まりそうだった。
かけて作りげたがの構造――信夫が曖昧に笑い、義母が傲に振るい、私が全てをみ込むことで成りっていた角形が、今まさに元から崩壊しようとしていた。
私がいなければ、このは壊れてしまう。
私が謝らなければ、にでも親族から絶縁状が届くかもしれない。
恐怖が、津波のように私の理性をみ込んでいった。