"新婦母の席札" 第2話
箸を置く音
パチン、と乾いたい音が、静まり返ったに響き渡った。
全員の線が斉にその元に集まる。
私の隣で、信夫が黒檀の塗り箸を箸置きのに放りすように置いていた。
信夫は昔から、きな声をすではなかった。
義母がどれほど理尽な求を私に突きつけても、親戚ので私がどれほど恥をかかされても、信夫はいつもし困ったような顔をして、線を斜めに落としてやり過ごしてきた。
「母さんも悪気はないんだから」
「綾子の方がなんだから、ここは譲ってやってくれよ」
、信夫が私に囁き続けてきた呪文のような言葉だ。
彼は庭を壊したくなかったのだとう。母をし、妻にも同し、その板挟みので「妻がする」という最もがりな解決策を選び続けてきた男だった。
その信夫が、ゆっくりと顔をげた。
代半ばから目ち始めた目尻のじわがく刻まれ、いつもは温そのものの瞳が、見たこともないほどたく据わっていた。
「母さん」
く、押し殺した声だった。
義母はし眉をひそめ、そうに息子を見返した。
「何よ、信夫。急にきな音をてて。儀が悪いわね」
「式には、来なくていい」
瞬、部の換気扇のい唸り音だけがに届いた。
あまりにも唐突で、文脈から切りされた言葉に、義母はを理解できないというように首を傾げた。
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「……は? 何の話をしてるの」
「聞こえただろ」
信夫は、正面から義母の目を真っ直ぐに見据えた。度も線を逸らさなかった。
「優の結婚式には、母さんは来なくていい。席も用しない」
義母の顔から、すうっと血の気が引いていくのが分かった。
次の瞬、そのい肌はりで気に赤黒く染まりがった。
「あんた、親に向かって何を言ってるの! 誰のおかげでここまできくなったとって――!」
「優の母親は、綾子だ」
信夫は義母の声を遮った。鳴るわけでもなく、机を叩くわけでもない。ただのようにい声だった。
「綾子以のが母親の席に座る式なんて、あり得ない。それが気に入らないなら、最初から来なくていい」
「信夫ッ!」
義母がテーブルに両をついてちがった。着物の袖がきく揺れ、湯呑みが倒れていほうじ茶がのに広がった。
優が息を呑み、信夫の横顔を凝している。信夫が祖母に対してこれほど確に拒絶を突きつけたところを、優はおそらくまれて初めて見たはずだった。
そして、最も激しく揺していたのは、ならぬ私だった。
臓が鐘のように打ち鳴らされ、胃の奥が引き絞られるような恐怖が襲ってきた。
嬉しいとか、スカッとしたとか、そんなは欠片もなかった。ただひたすらに、「まずいことになった」
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「取り返しのつかないことが起きてしまった」という戦慄だけが私を支配していた。
私は反射に信夫のスーツの袖をく引っ張った。
「あなた、やめて! 何を言ってるの、お母さんに対して!」
信夫は私を見なかった。袖を引く私のを、静かに、しかし決して解けない力で振り払った。
「綾子、おは黙ってろ」
「黙ってられないわよ! に度の優の式なのよ? お義母様がいらっしゃらないなんて、親戚に何て説するの? 私が主卓じゃなくていいって言えば済む話じゃないの!」
私は必だった。
かけて守ってきた「平穏」という名の氷が、信夫のたった言で音をてて割れていく。そのにある底なしの沼が見えていた。義母をらせたらどうなるか。親戚に話をかけられ、私の悪を吹き込まれ、式当まで針の筵に座らされるのは目に見えている。
「ほら、見なさい!」
義母は勝ち誇ったように私を指差した。
「嫁の綾子さんの方がよっぽど常識を弁えているわ! 信夫、あんた最どうかしてるんじゃないの? 仕事のストレスか何からないけれど、親を邪険にして罰が当たらないとでもってるの⁉︎」
信夫は倒れた湯呑みをじっと見つめていたが、やがて員を呼ぶためのベルにを伸ばし、静かに押し込んだ。
ピンポン、との抜けた子音が鳴る。
「母さん。もう決めたんだ」
信夫の声には、議論の余が切残されていなかった。
「プランナーには、母さんの席を削除するよう連絡を入れる。引き物の数も減らす。親戚には、俺から『体調良で欠席する』と伝えるから、母さんはでおとなしくしていてくれ」
「ふざけないで!」
義母は持っていた級ブランドのハンドバッグを乱暴に掴むと、信夫と私を瞥した。
「絶対に許さないわよ。優、あんたもこんな父親の言うことを聞いてちゃダメよ! 親戚の恥さらしになるわよ!」
優は何も答えず、ただ唇をく噛みしめて祖母を見つめ返していた。
義母は襖を乱暴にけ放ち、仲居が驚いて控える廊を、音荒くっていった。
け放たれた入りから、たいのが流れ込んでくる。
部に残されたのは、めきったぷらと、畳のに広がった茶の染み、そして、震えるで自分の膝を抱える私だけだった。