"「実の親じゃない」と夫に言われた日" 第9話
言えなかった理由
夕暮れのリビングに、美咲の叫びが鋭く突き刺さっていました。
『真紀さん、この……どうして度も、「お母さん」って呼んでって言ってくれなかったの?!』
喉の奥が引き裂かれそうなほどの声でした。
美咲は両でスマートフォンを抱きしめたまま、肩を激しくさせていました。に落ちた涙の染みが、暗いフローリングに黒く広がっていきます。
私は、息をすることすら忘れてち尽くしていました。
臓の奥を、たい刃物でえぐられたような覚でした。
美咲が歳で私のに現れたあのから、私は自分につのルールを課していました。
「決して、くなったお母さんの代わりになろうとしてはならない」
病気でくなったの奥さんの写真。仏壇の奥にしまわれた結婚指輪。幼い美咲が母親の記憶を胸に抱いて泣いていた夜の数々。
私は、それらにで踏み込むことを恐れていました。
「お母さんと呼んでいいのよ」と言えば、この子は実の母親を奪われたような気持ちになるのではないか。
私が母親の顔をすれば、この子を追い詰めてしまうのではないか。
だから私は、いつも歩引いていました。
朝を作り、制にアイロンをかけ、をせば夜通し病をしながらも、決して「親」としての権利を主張しませんでした。
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「真紀さん」という歩距のある呼び方を、穏やかな笑顔で受け入れ続けてきました。
それは、私にとって「無私の優しさ」であり、「最の配慮」のはずでした。
けれど今、目ので泣きじゃくる歳の女を見て、私はようやく気づいたのです。
それは優しさなどではありませんでした。
ただの、保でした。
「お母さん」と求めて、もし拒絶されたら傷つくから。
「あなたなんて母親じゃない」と言われるのが怖くて、最初から母親の座をりていただけでした。
私は傷つかない全な所にち続け、その代わりに、「このをどう呼べばいいのか」というい葛藤を、歳だった美咲のさな背にすべて背負わせていたのです。
「……ごめんね、美咲」
私のからこぼれ落ちたのは、震えるような謝罪でした。
美咲は顔をげ、涙に濡れた瞳で私を見つめました。
「私、ずっと怖かったの」
私は歩、美咲にづきました。
「美咲に『お母さん』を押し付けたら、あなたが苦しむとってた。くなったお母さんの所を、私が横取りするような真似はしちゃいけないって……そうってたの」
「横取りなんかじゃないよ……!」
美咲はしゃくりげながら、首を横に振りました。
「私ね、学の……友達のお母さんが参観に来てるのを見て、すごく羨ましかった。でも、私の参観には真紀さんが来てくれてた。
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お弁当も、友達よりずっと綺麗で、美しくて……私、本当はずっと嬉しかったの」
美咲の指先が、スマートフォンの角をぎゅっと握り締めました。
「でも、お父さんがいつも言ってた。『真紀さんに無理して甘えるな』って。『おにはんだ母さんがいるんだから、真紀さんには適度な距で謝しろ』って……!」
私の背筋に、たい悪寒がりました。
浩司が、美咲にそんなことを吹き込んでいた。
「順気自然でいい」「子供に気を遣わせるな」と私に言い続けていた浩司は、その裏で、美咲にも同じように「踏み込むな」と釘を刺していたのです。
「だから私、呼べなかったの」
美咲は嗚咽を漏らしました。
「真紀さんのこと、好きになればなるほど……私が『お母さん』って呼んだら、んじゃったお母さんのことを裏切ることになるんじゃないかって、毎怖くてたまらなかった……! でも、真紀さんも何も言ってくれないから……私、どうしたらいいか分からなくて……!」
リビングの計が、チクタクとたくを刻んでいました。
私はそれ以、言葉を探すことができませんでした。
ただ、にみて、震える美咲の細い体を、両腕でく抱きしめました。