"「実の親じゃない」と夫に言われた日" 第1話
玄関のコートと方面談
午分。の気配が混じり始めた曜の昼がりでした。
私は玄関の鏡ので、ネイビーのジャケットの襟元をえていました。
受験を控えた学。そのをする、の者面談のです。
美咲が学になってから、学の事や保護者会には、すべて私がを運んできました。美咲の通う公学の昇の所も、担任の髙先がで話す癖があることも、夫の浩司は何もりません。
「美咲、履き持った? 志望の調査票、もう度鞄に入っているか確かめてね」
私が廊に向かって声をかけると、奥の部から革靴の音が響いてきました。
張のを縫って半休を取ったという浩司でした。普段はのことなど見向きもしない彼が、わざわざスーツを着てに残っていたのは、今が「を決める事な」だからです。
浩司は靴べらにを伸ばし、踵をトントンと鳴らしながら、何気ない調子で言いました。
「あ、真紀。今の面談だけどさ、おは来なくていいよ」
私の元が、ジャケットのボタンを留めようとした位置でぴたりと止まりました。
「……え?」
「いや、の話だろ。のきな分岐点だしな。やっぱりこういうな決定は、血の繋がった父親の俺が責任を持ってやるべきだとうんだ。
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お、応……実の母親じゃないしな」
悪気のない、あまりにも自然な声でした。
それが浩司という男でした。誰かを傷つけようとして毒を吐くのではありません。彼自が底から「それが筋だ」と信じ切っているの、平坦で、何の引っかかりもないトーンでした。
ですが、私の胸をく貫いたのは、夫の言葉そのものではありませんでした。
浩司の斜めろ、暗い廊にっていた美咲の姿でした。
歳になった美咲は、すでに私の背丈を超えかけていました。
その美咲が、紺の通学リュックの肩紐を、指先がくなるほどく握りしめたまま、うつむいていたのです。
何も言いませんでした。
「お母さんも来てよ」とも、「真紀さんもくべきだ」とも言いませんでした。
ただ靴箱の隅の、埃っぽいを見つめて黙り込んでいました。
美咲が歳の、私は浩司と再婚しました。
病気でくなった美咲の実の母親の領域を侵したくなくて、私は度も「お母さんと呼びなさい」と求めたことはありませんでした。美咲が選んだ「真紀さん」というしぎこちない呼び方を、慎に、壊さないように守り続けてきました。
毎朝半に起きて作った、で千個を超える弁当。
をした夜に額に当てたタオルのたさ。
成にわせて制のスカートの裾をほどき、しずつ伸ばした赤い縫い糸の跡。
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そのすべてが、浩司の「実の母親じゃないしな」という言で、音をてて輪郭を失っていくのをじました。
そして何より、美咲の沈黙が、その残酷な境界線を静かに肯定していました。
私は息を吸い込みました。
喉の奥がきゅうと狭くなり、いものがせりがってきましたが、爪がのひらにい込むほど握りしめて押し戻しました。
ここで取り乱して、「どうしてそんな言い方をするの」と詰め寄るのは簡単でした。けれど、もしそんなことをすれば、美咲を板挟みにして苦しめるだけです。
「……分かりました」
私はく答えました。
浩司は「ああ、悪いな。じゃあ美咲、くぞ」と軽くを挙げ、先に玄関のドアをけました。
美咲は度もこちらを見げないまま、父親の背を追ってへてきました。
バタンと、ドアが閉まりました。
静まり返った玄関に、カギの擦れう属音だけがたく残りました。
私は鏡のの自分を見つめました。
きちんとアイロンをかけたネイビーのジャケット。私はゆっくりと肩からそれを脱ぎ、ハンガーに戻しました。
そして、キッチンのフックに掛けてあった、いつものベージュのエプロンを首に通しました。
鳴り散らしたいわけでも、涙を流したいわけでもありませんでした。
ただ、必に回し続けてきた庭という歯から、すっと油が切れてえ切っていくような、奇妙な静けさが胸の奥に広がっていました。