"私の弁当に、店長の娘の名前" 第12話
里奈ちゃんが企画したなんて、厨のは誰も信じてないわ。みんなってる。さんが毎朝誰よりもく来て、何週も汁の割をノートにき留めていたのを」
佐藤さんは私のをぎゅっと握りしめた。 そののひらは、私と同じようにの洗剤と湯で荒れ、節くれっていた。 「私、に掛けってくる。こんな理尽なシフト、通るわけがないって」 「やめてください」 私は佐藤さんの腕を、反射に引き止めた。 「佐藤さんまで目をつけられます。来、お母さんにストーブを買ってあげるんでしょう? ここでと揉めたら、契約更に響きます」 「でも……!」 「いいんです。私は、自分の仕事をきっちりやるだけですから」
私は笑顔を作ってみせた。 だが、そのの夜、真のでグリストラップの底にこびりついた油かすをブラシで削り落としながら、私は奥歯が折れそうなほど噛みしめていた。 ゴム靴を履いていても、タイルのから気がいがってきて、先は覚を失っていた。 腰には鉛のようなみがのしかかり、ちがるたびに鋭い痛みがる。 それでも、私は絶対に音をげなかった。 しでもを抜けば、「業務怠」という名目で解雇の実にされる。 は、私が自分から「辞めます」と音をげるのを待っているのだ。
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その劣な計算が痛いほど分かるからこそ、私は黙々と、排の隅々までステンレスを磨きげた。
方で、本里奈の孤と焦燥は、を追うごとに厨の全員の目に見えるものとなっていった。
全国展のタイムリミットまで、あと週。 本社の神部から突きつけられた「代替材への変更と品質維持」という至命題をに、里奈は連のようにの厨に姿を現していた。 本社の定を過ぎた夕方、私にい調理を羽織り、試作台のにつ。
だが、彼女のち居振るいは、あまりにも危うかった。 包丁の握り方ひとつ取っても、指の添え方が覚束ない。 野菜の繊維の向きを理解していないため、切るたびに参の断面がぐずぐずに潰れ、角が欠けていく。
「さん、ちょっとだけ……ここ、見てもらえませんか」
あるの夕方、フライヤーの油かすを網ですくっていた私の背に、里奈のすがるような声がかけられた。 元には、流通から仕入れたという輸入の凍牛蒡と、分過の促成栽培の根がボウルに入れられていた。
「解凍した牛蒡の匂いが、どうしても消えなくて……。茹でをくすると、スカスカのスポンジみたいになっちゃうんです。根も、と同じで煮ると、角が全部溶けて煮汁が濁っちゃって……。
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どうしてのにならないんですか?」
泣き腫らした目で、里奈は私を見ていた。 肌は荒れ、化粧は崩れ、かつて社内報で見せた華やかなエリートの面は微もなかった。
私はフライヤーのスイッチを切り、油切り網を壁のフックに掛けた。 「本さん。材が変われば、含まれている分量も、繊維のさも、の通り方も全部変わります。以のレシピの数字だけをそのまま当てはめても、同じになるはずがありません」 「それは……分かってます。だから、どう調すればいいのかを――」 「それは、商品発を担当するが、何回、何百回と舌を使って見つけすことです」 私の声は、厨のたい空気に溶けていくように静かだった。 「凍の牛蒡を使うなら、解凍のドリップをどう防ぐのか。促成栽培の根のえぐみを消すために、茹での米のとぎ汁の濃度をどう変えるのか。汁の塩分濃度をコンマ何パーセントかせば、煮崩れを防ぎながらまでが染みるのか。……全部、あなたのと舌で考えるべき仕事です」
「そんなの……あとでできるわけないじゃないですか!」 里奈はついに、声を荒らげた。 その声には、理尽に対するりと、己の無力さに対する絶叫が混ざっていた。 「私、料理の研究じゃないんですよ!? 学でマーケティングを学んで、舗の売データを分析して、しいコンセプトを提案するのが私の仕事なんです! どうしてこんな、野菜の汁がどうとか、切り方がどうとか、そんな職みたいなことまで私がで背負わなきゃいけないんですか!」