"私の弁当に、店長の娘の名前" 第9話
「恩?」 私はわず、乾いた笑いを漏らしてしまった。 「私は、度も無断欠勤も遅刻もせず、がりないと言われればがあってもシフトに入り、毎朝から油まみれになって働いてきました。それに対して支払われたのは、最賃に毛がえた程度のだけです。私は働いた対価を受け取っていただけで、あなたに施しを受けていた覚えはありません」
は息を荒げ、信じられないものを見るような目で私を見つめた。 、何を言われても「はい」「申し訳ありません」とをげ続けてきた従順なパートが、爪を剥きしにしてを剥いてきたのだ。その揺が、彼の泳ぐ瞳に現れていた。
だが、はすぐに卑劣な笑みを浮かべた。 私の急所を、正確にっている男の笑みだった。
「……さん。君はもうだ。あと数もすればになる。体もきつくなるだろう。その歳でここをクビになって、にどこが雇ってくれるとうかい?」 部の空気が、急激にえ込んだ。 「君がこの件でこれ以ごねるなら、私は権限で君の契約更を見送ることもできるんだよ。理由なんていくらでもつけられる。『協調性を欠く』『業務命令違反』……何とでもね」
脅迫だった。 活の糧を奪うという、雇い主が非正規労働者に対して使できる、もっとも残酷で劣な暴力。
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ので、娘の咲良の顔が浮かんだ。 学の教科代、定期代、アパートの更料。 もし今、この仕事を失えば、来の賃すら危うくなる。 恐怖が、元からたいのようにいがってくるのをじた。
は私の沈黙を「屈」と受け取ったのか、満そうにを鳴らした。 「分かればいいんだよ。君は昔からそうだったじゃないか。『私は、みんなが美しくべてくれればそれでいい』って。あの言葉は嘘だったのかい? 結局、君もや名誉が欲しかっただけなのか? みっともないとはわないのかね、を過ぎて」
――私は、みんなが美しくべてくれればそれでいい。
その言葉を、また使われた。 過の私の、ささやかな、誰の邪魔にもならないようにと願った控えめな祈りが、いまや私を縛り首にするためのロープとして使われている。
私は顔をげた。 界が驚くほどクリアになっていた。 胸のを支配していた恐怖が、すうっと引いていくのが分かった。 残ったのは、え切った、研ぎ澄まされた覚悟だけだった。
「」 私の声は、驚くほど静かだった。 「私が言ったその言葉は、お客さんに対して言った言葉です。あなたたちのように、の汗を横取りして平気な顔をしているに、差しした言葉ではありません」 「何……?」 「私の謙虚さは、あなたたちに踏みにじられるためにあったのではありません」
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の眉がつりがった。 「君……自分が何を言っているのか分かっているのか!?」 「クビにしたければ、どうぞご自由に」 私は歩も退かずに、の目を射抜くように見つめ返した。 「ただし、私が辞めるときは、神部にすべてをお話ししてから辞めます。チラシの裏にいた最初のきの企画も、別の試作ノートも、娘に送った付入りのメッセージの履歴も、すべて残っています。本社がコンプライアンス窓でどう判断するか、試してみますか?」
の呼吸が止まった。 顔から急速に赤みが引いていき、青い揺が広がっていく。 彼はっているのだ。本社の神部が、現の正やデータの改ざんに対してどれほど厳しいかを。 もしパートを追い詰めて本社交渉に持ち込まれれば、傷つくのは彼自の世のだ。
「……君は、狂ったのか」 は絞りすような声で言った。 「そこまでして、たかが名つに拘るのか」 「たかが名、ではありません」 私は言った。 「私のです」
私はく礼し、が言葉を発するに事務所のドアをけてへた。 廊のたい空気が、照った頬を撫でた。 は震えていた。膝がガクガクと笑っていた。 だが、悔は微もなかった。 のあいだで初めて、私は自分のでっていた。
翌週の曜、社内の空気はさらに決定な方向へといた。
昼がりの惣菜部の休憩。