"私の弁当に、店長の娘の名前" 第5話
「の企画を、来からの隣舗による先テスト販売にめる」
神部がした決定は、瞬くに内に広まった。 全社で数舗あるエントリーのから、次審査を発で通過したのはわずか舗だけだったという。
昼がりの惣菜部は、お祭り騒ぎになっていた。
「さん! 聞いたわよ、次通過だって!?」 休憩に入るなり、佐藤さんがびついてきて私の両を握りしめた。 「すごいやないですか、さん!」 ベトナム留学のリンちゃんも、目を輝かせて拍をしている。 「が言ってたよ、このまま全国展になったら、の当に特別報奨がるかもって! 私、これで実の母ちゃんにしいストーブ買ってやれるわ」 「私も、学費のしにできます!」
同僚たちの弾けるような笑顔が、私を取り囲んでいた。 みんな、自分のことのようにんでくれている。 「さんのおかげだよ」「やっぱりさんの付けは番だね」と、々に褒め称えてくれる。
喉の奥に、焼けた鉄を押し込まれたような苦い痛みが広がった。
言えるはずがなかった。 あの企画の責任者がの娘になっていて、私はただの「協力者」に過ぎないこと。 そして、もし私が今「あれは私の柄だ」と叫べば、企画そのものが正として取り消され、このたちの当も、びも、すべて消えてしまうかもしれないこと。
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「……みんなが、仕込みを伝ってくれたからです」 私は、ひきつりそうな頬の筋肉を総員して、笑ってみせた。 「みんなの、おかげですよ」
それが、私のついた最初の嘘だった。 私は、自分の名が奪われたことよりも、このたちの笑顔を壊す恐怖に負けたのだ。 者が者であるがゆえの、あまりにも惨めで、言い訳がましい沈黙だった。
夜半。 営業を終えた内の照が半分落とされ、静寂が広がっていた。 私は、惣菜部の厨に残り、ステンレスの作業台を磨いていた。
キュッ、キュッ、と布巾が擦れる音だけが響く。 塩素系漂剤の匂いが、の奥をツンと刺激する。 体がかった。の裏は棒のようになり、腰には鈍い痛みがっている。 いつもの疲労のはずなのに、今夜は鉛を背負っているように体がかなかった。
ふと、背でスイングドアがさく軋む音がした。 靴の音ではない。 コツ、コツ、といヒールがタイルのを叩く音。
振り返ると、そこには昼のスーツ姿のままの、本里奈がっていた。 子も被らず、い息を吐きながら、胸元にの型ノートパソコンを抱き抱えている。
「……さん」
昼の応接で見せた威勢の良さは、どこにもなかった。 どこか怯えたような、すがるような目で私を見つめている。
私はを止めず、布巾を絞り直した。
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「何か忘れ物ですか、本さん。ここは禁止ですが」 「あ……すみません」 里奈は慌ててを引いたが、部からてこうとはしなかった。 彼女はドアの枠にすがりつくようにして、震える声をした。
「あの……神部から、さっき連絡があって」 「はい」 「先テスト販売に向けて、原価率をあとパーセントげるための再試算を、の朝までに提しろって言われたんです」
私は作業台を拭くを止め、ゆっくりと顔をげた。 里奈はパソコンを両でく抱きしめ、泣きそうな顔で私を見ていた。
「私、原価の計算なんて……教科の計算式しからなくて。調料の歩留まりとか、材を切り替えたときのの変化とか、現の数字が全然わからないんです。父に聞いたら、『に聞けば全部わかる』って……」
の顔が、脳裏をよぎる。 『君はパソコンもろくに打てないだろう』 『あの子はいま、正規雇用の枠をかけて勝負しているんだ』 そう言って私を踏み躙った男が、裏では娘に私の識を吸い尽くさせようとしている。
私の胸の奥底で、たく固まっていた何かが、パキリと音をてて割れた。 りなのか、絶望なのか、自分でもわからなかった。
「教えて、いただけますか……?」 里奈が、すがるように歩を踏みす。 「さんなら、どうすればを落とさずにパーセント削れるか、もう分かってるんですよね……?」
暗い厨ので、換気扇のい音だけがを包んでいた。