"追い出した妻の味を食べる夫" 第18話
には、あのの付箋の束のようなものはなく、ただ力なく両腕を垂らしていた。
私はを止め、歩でち止まった。
「お疲れ様でした、社。本は貴な会をいただき、ありがとうございました」
礼して通り過ぎようとした私のに、健が歩、ち塞がった。
「待ってくれ」
その声は、かつてので族を支配していた威圧なものではなかった。どこか怯え、縋りつくような、々しい響きを帯びていた。
「……話が、したい」
「鳥鉄の納品に関する事務連絡でしたら、来週曜に宮本様を通じてお願いいたします」
「そうじゃない!」
健が声を荒らげた。だが、すぐに周囲を気にするように声を落とし、苦渋に満ちた表で私を見つめた。
「どうして……どうしてあんなさなにいるんだ。も経って……なぜ、あんなところで油まみれになって働いている」
「私の職だからです」
「おは、専業主婦だっただろう。世らずで、社会のことなんて何もらなくて……俺がいなければ、だってきていけないはずだった」
私はわず、乾いた笑いを漏らした。
「ええ、そうい込ませていたのは、あなたでしたね。そして私も、愚かだったから、そう信じ込んでいました」
「み咲……」
「健さん。あなたはあの、のに私を放りしながら、『無駄なコストだ』と言いましたね。
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優がんだから、もうおを養う理由はないと」
優の名をした瞬、健の肩がビクッとねた。
「俺は……あのは、どうかしていたんだ」
健が言い訳のようにで言葉をね始めた。
「事業の資繰りが最悪だった。から融資を断られ、毎のように資ショートの恐怖に追われていた。そこに……優の事故だ。が完全に狂っていたんだ。を切りさなければ、自分が壊れてしまうとった。だから……全部、数字として処理するしかなかったんだ」
「ええ、っています」
私は静かに答えた。
「あなたは昔からそうでした。傷つくのが怖くて、い通りにならない現実から逃げすために、いつも真っ先にを切り捨ててきた。優がんだしみに耐えられないから、優の母親である私を目のから消して、しみそのものを『損切り』した気になっていたんでしょう」
健の顔から、完全に血の気が引いた。
図を突かれた男の、痛々しいほどの沈黙が通を満たした。
「でもね、健さん」
私は歩、彼にづいた。
逃げも隠れもしない。真っ直ぐに、その濁った瞳を見据えた。
「あなたは本当に、私のことを懐かしんでいたの?」
「……何?」
「このヶ、毎弁当箱の底にメモを貼り付けて、煮物がどうだ、姜焼きがどうだとい話をき殴りながら……あなたが本当に恋しがっていたのは、私というだったの?」
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健は言葉を失い、喉を鳴らした。
「違うでしょう」
私の声は、通の静寂にたく、澄み渡るように響いた。
「あなたが恋しかったのは、朝起きれば当たりに湯気をてている朝よ。帰ってくれば綺麗に片付いている部。アイロンのかかったシャツ。蔵庫にいつでもえているお茶。あなたが何に帰ってきても、文句つ言わずに温め直される夕飯」
「それは……」
「あなたが椎茸をべられないことを覚えていてくれる。あなたが仕事で嫌が悪い、息を潜めて嵐が過ぎるのを待ってくれる。優の学事も、病院の予約も、親族への付け届けも、全部裏で段取りをつけて、あなたのを切煩わせないようにいていた、あの便利な仕組み」
私は淡々と言葉を紡いだ。
りではなく、ただ客観な事実をつずつ並べるように。
「あなたが恋しがっていたのは、私じゃない。『私に無償で世話を焼かせていた、かつての王様のような自分自』でしょう」
健の唇が、細かく震えていた。
反論の言葉を探すように線を彷徨わせ、やがて力尽きたようにへと線を落とした。
通の非常誘導灯の緑のが、男のをく引き延ばしていた。
い、い沈黙のあと。
健は掠れた声で、ぽつりと呟いた。
「……最初は、そうだったかもしれない」
「ええ」
「だがな……み咲。
あのハンバーグをべたとき、俺は……箸が止まったんだ」
健が顔をげた。