みかん小説
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"追い出した妻の味を食べる夫" 第17話

ざわめいていた周囲の空気が、まるで潮が引くように瞬でたく静まり返った。

垣の向こうから、の男がゆっくりと歩いてきた。

健だった。

濃紺のオーダーメイドスーツに、シルバーのネクタイ。胸元には記のチーフが覗いている。

と変わらない、威厳をまとったち姿だった。

だが、づいてくるにつれて、私はその顔に刻まれた確かな歳を見て取った。

額や目尻にはい皺が刻まれ、以のようなギラギラとした傲なの代わりに、どこか性な疲労と焦燥のが、瞳の奥底に澱のように沈んでいた。

健は、鳥鉄のブースの、わずかメートルの距でを止めた。

線が、交差した。

永にもじられる静寂が、のに落ちた。

健の目は、を纏い、トングを握る私の両に落ち、それから、くえた私の髪、焼けと油煙でわずかにくすんだ私の頬へと、ゆっくりと移っていった。

驚愕の表はなかった。

叫び声をげることも、嘲笑を浮かべることもなかった。

男はただ、そこにっているのが「み咲」という、かつて自分が捨てたであることを、何もからっていた者の顔で、静かに私を見つめていた。

私もまた、眉つかさずに、その線を受け止めた。

臓は驚くほど静かに打っていた。

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「……社」

ろに控えていた秘が、配そうに声をかけた。

健はをわずかに挙げてそれを制し、カウンター越しに私を見据えたまま、く掠れた声で言った。

「……つ、もらおうか」

「かしこまりました」

私はトングで、番美しく揚がった黄の唐揚げをつ挟み、い皿に乗せた。

自製のタレをスプーン杯、丁寧に回しかける。

「どうぞ」

皿を差しした私の指先は、ミリ単位の狂いもなく、ぴたりと静止していた。

健は両でその皿を受け取った。

その指先が、微かに震えているのを、私は見逃さなかった。

健は無言のまま、添えられた楊枝で唐揚げをに運んだ。

、噛みしめる。

カリッ、という微かな音がした。

健の喉仏が、きくした。目をに運び、目を閉じ、をかけてゆっくりと咀嚼した。

周囲の々が、固唾を呑んで社の反応を見守っている。

やがて目をけた健の瞳は、微かに潤んでいるように見えた。

「……変わらないな」

健が、誰にともなく呟いた。

「いいえ」

私は穏やかな、しかし芯の通った声で、即座に否定した。

「変わりましたよ、社。油の配も、鶏肉の脱の順も、入れの秒数も、すべて将に教わってから作り直したです。昔ののとは、似て非なるものです」

健の表が、わずかに張った。

男は何かを言おうとして唇をきかけたが、背から「社、メインバンクの取がお見えになりました」

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と役員が駆け寄ってきた。

健は線を私からすことができず、数秒そのにち尽くしていたが、やがてく「……そうか」とだけ答え、度も振り返ることなく混みの奥へと消えていった。

「ふん」

横でフライヤーの油をすくっていた鉄さんが、誰にも聞こえないようない声でを鳴らした。

「甘ちゃんが。の区別もついてねえくせに、偉そうに講釈垂れやがって」

私は鉄さんの横顔を見つめ、わずさく吹きした。

「将、が悪いです」

「うるせえ。さっさと揚げるぞ。まだまだ客は並んでんだからな」

「はい!」

私はトングを握り直した。

胸の奥にあった最の曇りが、からりとれ渡っていくような気がした。

午。

レセプションはおきとなり、あれほど溢れかえっていた招待客たちも潮が引くようにっていった。

宴会のシャンデリアが半分落とされ、撤収作業が始まっていた。

鉄さんはホテルの搬入で運送業者のトラックに寸胴鍋を積み込むため、先にへりていた。

私は最に残った調理器具をまとめたツールバッグを肩にかけ、従業員用の暗い連絡通をに向かって歩いていた。

音だけが、コンクリートの通にコツコツと響く。

「……み咲」

曲がり角を曲がった瞬、壁にもたれかかるようにしてっていたが、私の名を呼んだ。

健だった。

着のボタンをし、ネクタイを緩めていた。

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