"追い出した妻の味を食べる夫" 第16話
「油温、百度で定しています。いつでも揚げられます、将」
私はに清潔なぬぐいを巻き、糊のきいた真っな調理の袖を折り返した。
鏡を見るまでもない。
華やかなドレスも、ブランド物のスーツもにつけていない。、油煙と格闘し、何万個もの鶏肉を丸め、包丁で指を切り、で皮膚をひび割れさせてきた労働者の姿そのものだった。
胸元には、黒い刺繍でさく『鳥鉄』とだけ刻まれている。
のあの夜、真のが吹きすさぶ葬儀の裏で、喪枚のままのに転がされた私が、今、その元夫が主催する周記レセプションの会にっている。
議なほど、の震えは止まっていた。
恐怖も、惨めさも、復讐すらも、今はもう胸の奥にはなかった。
ただ、の結婚活と、そののの血の滲むような々に、自分のでちゃんとした句読点を打ちに来た。その確信だけが、私の背筋を真っ直ぐに支えていた。
「さん、準備はよろしいですか?」
控のい防音扉がき、総務部の宮本さんが顔をした。タキシードのフォーマルスーツにを包んだ宮本さんは、どこか居悪そうにネクタイの結び目をいじりながら、緊張した面持ちで私たちを見回した。
「はです。社のご挨拶の、各提携企業への謝状贈呈があり、その直からパーティーとなります。
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鳥鉄様のブースは、会央のメインアイランドのすぐ脇に配置されています」
「わかりました」
私は軽く礼した。
宮本さんは私の顔をじっと見つめ、何かを言いかけようとして元をもたつかせたが、最にはさくをげて扉を閉めた。宮本さんも、々づいているのかもしれない。社がなぜ、町のさな唐揚げを週の急な指名でこの台に呼び寄せたのか、その異常な執着の理由を。
正午を告げるホテルのな鐘の音が、い絨毯を伝って微かに響いてきた。
防音扉の向こうから、司会者の華やかなアナウンスと、何百もの拍の鳴りが漏れ聞こえてくる。
『――続きまして、が社が誇る最線のパートナーシップを体現する、特別功労サプライヤーの皆様をご紹介いたします。本のコーナーでは、オオタニ・フードクリエイトの社員堂を支え、社自が「が社の原点」と絶賛したをご堪能いただきます……』
「くぞ、み咲」
鉄さんがく言った。
「はい」
私たちはワゴンを押し、会ののへと踏みした。
シャンデリアの眩いが、何百個ものクリスタルグラスに反射してきらめいていた。
仕てのいいスーツを着た業界関係者、の役、華やかな装飾品をにつけた着物姿の女性たち。その央に、特設の調理ブースが設えられていた。
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鉄さんがフライヤーのにち、私は属製のバットに並べられた仕込み肉をく取り分けた。
ジュワッ、と油が弾けるよい音が、オーケストラのBGMを切り裂くように響いた。
瞬くに、ばしいニンニク醤油の匂いが会の角を支配していく。級ホテルの洗練されたローストビーフやキャビアのりを塗りつぶすような、臭く、しかし抗いがたい命力に満ちた匂いだった。
「わあ、いい匂い」「これ、何のブース?」「社の専属弁当を作ってるらしいよ」
ざわめきとともに、グラスを持った々が次々と列を作り始めた。
私はトングを握り、カラリと度揚げされた々の唐揚げを、さない角皿に際よく盛り付けていった。
「お待たせいたしました。自製の甘酢タレを添えております」
「どうぞ、揚げたてをお召しがりください」
ひとりの目を見て、をげる。
「美しい!」「がすごくサクサクしてる」「これ、毎べられるだな」
々に漏れる嘆の声に、私は自然と笑顔を返していた。
ここは、私の仕事だ。
相がどれほどの企業の役員であろうと、政治であろうと関係ない。腹を空かせたに、自分が丹精込めて作った美いものを渡す。それ以のことも、それ以のこともない。
そのだった。
目のに伸びていた列が、さっとに割れた。