"追い出した妻の味を食べる夫" 第11話
最初の頃にあった「塩分がどうだ」「入れがどうだ」という、客としての講釈や調理への注文は次第に消えていった。
代わりに増えていったのは、まるで古い記憶をで辿るような、私な呟きだった。
『この青菜の胡麻え、隠しに落を擂り潰して混ぜただろう』
『曜の噌汁、茗荷と豆腐の組みわせは、昔の初によくてきたものと同じだ』
『最、胃の痛みが治まってきた。コンビニの飯ばかりっていた頃とは違う』
私は度も返事をかなかった。
メモを読んでは、そので握り潰し、ゴミの袋の底へと押し込んだ。
だが、無を決め込もうとすればするほど、私ののはあの男のに侵されていった。
朝、スーパーの仕入れ伝票を見ながら、ふと「あいつは茗荷の筋が残っていると嫌がる」と考えてしまう。
フライパンの油の温度を測りながら、「焦げ目の苦をあいつは異常に嫌う」といしてしまう。
そのたびに、激しい吐き気と自己嫌悪が襲ってきた。
なぜ、まだあいつの舌の好みを覚えているのか。
なぜ、あいつの体調や胃の具を、無識のうちに気遣うような献を組みててしまっているのか。
私は健を許したわけではない。
絶対に許せるはずがない。
それなのに、にわたって私の肉体と神経に刷り込まれた「妻としての習性」
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が、私の志とは無関係に、あの男の好むを作りしてしまうのだ。
そして何より気だったのは、健の沈黙だった。
なぜ、直接会いに来ないのか。
にやってきて、「おだったのか」と声を荒げるでもなく、話で私を呼びすでもない。
ただ毎、黒いプラスチックの箱を介して、方に自分の記憶を送りつけてくる。
私がここにいるとりながら。
私が拒絶もできずに弁当を作り続けているとりながら。
あいつは、全な階の社から、このさな厨の私を覗き見ているのだ。かつてのでそうしていたように、自分は段い所に座り、元に届く世話を品定めするように。
その傲さに、私の神経はににすり減っていった。
決定な来事が起きたのは、の半ば、梅のれの曜だった。
そのの社の弁当箱の底には、いつものようにつ折りにされた付箋が残されていた。
私はもう、驚きもせずにそれをいた。
だが、そこにかれていた文字を目にした瞬、私の界から気に血の気が引いた。
『今の呂吹き根、優をいした。』
「……っ!」
喉の奥で、空気が凍りついた。
優。
その文字が、に黒のボールペンで、無質に刻まれていた。
全の毛穴が逆つような悪寒がった。
優、だと?
おが、その子の名をくのか?
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のあのの、葬儀の控で、この男は何と言ったか。
『優はもうんだんだ。んだはどうにもならん』
『それよりこの葬式でいくらかかったとっている。典の計算が先だ』
『投資対象が消えたんだ。おという無駄なコストを抱える筋いはない』
娘の骸の温もりがまだ消えてもいない所で、この男はそう言い放ったのだ。
涙の滴も流さず、線の煙がち込めるでスマートフォンの画面をスクロールし、娘のを「損切り」として処理した男が。
今、自分が美しく平らげた弁当の底の切れので、どの面をげて、その名をにしているのか。
のの片が、激しいりで震えた。
握り潰そうとした指先が、りのあまり張り、爪がのひらにい込んで痛んだ。
界が真っ赤に染まり、呼吸が浅くなる。
許さない。
私の料理を懐かしむのは勝だ。あのを都よく美化して、で傷に浸るのも勝だ。
だが、優の名だけは、おのその汚いで、度と呼ぶな。
そのの午、私は言もを利かなかった。
鉄さんが「おい、み咲、のもも肉の解凍はどうする?」と声をかけてきても、く「……やっておきます」とだけ答え、械のようにをかし続けた。
良子さんが配そうに背に触れてきたが、その温もりすら、今の私の皮膚を通り抜けて芯まで届くことはなかった。
私ののには、え切った、青黒い炎だけが燃え盛っていた。