"追い出した妻の味を食べる夫" 第9話
として片付けられるのか。
それとも――。
午を過ぎた頃、空が急に暗くなってきた。
初のぬるいが湿り気を帯び、やがて粒のがアスファルトを叩き始めた。
夕方の仕込みのため、業者のトラックが鳥鉄の裏に横付けされた。
「鳥鉄さん、宮崎県産のもも肉と胸肉、計キロ入りました!」
「はい、ありがとうございます! 裏のにろしてください!」
私はエプロンを締め直し、靴を履いてのにびした。
たいが、容赦なく私の額や首筋を濡らす。
キロの凍肉が入ったい段ボール箱を両腕で抱えげると、腰にずしりとみがのしかかった。のひらのタコが擦れ、爪ののひび割れがじんじんと痛む。
「よいしょ……っ」
息を吐きながら、に濡れたコンクリートのを歩き、厨の勝へと運ぶ。
かつてタワーマンションの最階で、健の帰りを待ちながら、ハンドクリームを塗ったでティーカップを持っていた頃の私からは、像もつかない姿だった。
今の私は、臭い労働者だ。
に打たれ、汗を流し、自分の腕力と体力で、このさなのを支えている。
箱目の段ボールを抱えげ、トラックの荷台からりただった。
ふと、背に刺さるような気配をじた。
商の狭い。
鳥鉄の舗からメートルほどれた、貸しのコインパーキングのに、台のがまっていた。
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黒塗りの、見慣れた級セダン。
町の古びた商にはおよそ似つかわしくない、威圧のある艶を放つその体を、私は見失うはずがなかった。
ナンバープレートの数字。
健の誕にわせた、あの連の数字。
息が止まりそうになった。
段ボールを抱えたまま、私のがそのに縫い付けられたようにかなくなった。
がまる、セダンの部座席のスモークガラスが、音もなくゆっくりと滑りりていった。
いた窓の向こう。
暗い内から、仕ての良いグレーのスーツを着た男が、こちらをじっと見つめていた。
健だった。
と変わらない、えられた横顔。
だが、その表は、私がっている傲で徹な夫のものではなかった。
見かれた両目は、信じられないものを見るかのようにきく見かれ、唇は固く引き結ばれ、わずかに震えているようにさえ見えた。
健の線が、私の全を舐めるようにる。
に濡れて額に張り付いたい黒髪。
首に巻いた、褪せたぬぐい。
油染みのついた、鳥鉄の紺の帆掛け。
そして、キロの肉の箱を抱え、筋張って赤く腫れがった、私の両。
健の喉仏が、きくしたのが見えた。
距にして、わずか数メートル。
のカーテン越しに、の線が交差した。
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永にもえる数秒、周囲の音も、商の雑踏も、すべてがくへ消えったようだった。
健は、からりてこようとはしなかった。
傘を差して駆け寄ってくることも、「み咲」と叫ぶこともなかった。
ただ、幽霊でも目撃したかのように、凍りついた顔で私を見つめ続けていた。
あのハンバーグのニンジン。
あのをにした瞬、この男はすべてを悟ったのだ。
、自分の元で自分を支え続け、ののに「無駄なコスト」として蹴りした女が、今、この寂れた唐揚げの厨で、毎自分のに入るものを作っていたのだと。
「……み咲ちゃん! 何やってるの、邪ひいちゃうよ! くに入りな!」
勝から良子さんが顔をし、私を呼んだ。
その声で、に返った。
私は健から線をした。
震えそうになる膝に力を込め、抱えた段ボールをしっかりと持ち直すと、度も振り返ることなく、鳥鉄の厨のへとを踏み入れた。
背で、いセダンのエンジンがく唸りをげ、沫をねげてりっていく音が聞こえた。
厨に入ると、良子さんが慌ててタオルを持ってきてくれた。
「まあまあ、びしょ濡れじゃないか。丈夫かい?」
「……はい。丈夫です。ちょっと、が滑りそうになっただけで」
私はタオルで顔を拭いながら、荒くなる呼吸を必で鎮めた。
見られた。
られた。
あいつは、私がここにいることを、あの弁当を作っているのが私であることを、完全にったのだ。