"追い出した妻の味を食べる夫" 第7話
朝、仕込みをしている最、無識に「健はこれに何と言うだろうか」と考えてしまっている自分に気づくたび、自分の首を包丁の背で叩きたくなるほどの嫌悪が込みげた。
というは、毒のように私の体に染み込んでいた。
夫の好みを先回りし、夫の嫌を損ねないようにをえ、夫が残さずべることだけを唯の達成としてきてきた過の自分が、霊のように私の背に張り付いている。
「……もう、やめよう」
翌週の曜、私はを決して鉄さんに言った。
「将、社の弁当、から別の仕込み担当に回してもらえませんか。アルバイトの崎君に、盛り付けと焼きを任せてみようとうんです」
鉄さんは、仕込みのを止めて私を見た。
「崎に? あいつはまだ入ってヶだぞ。付けのブレはねえが、焼き加減の勘所がまだ怪しい。オオタニの社はうるさいんだろ? 丈夫かよ」
「崎君の研修のためです。いつまでも私が抱え込んでいたら、の作業が固定化してしまいますから。レシピと加減のは私がきっちり指定します」
私の表のさに何かを察したのか、鉄さんはく追求することなく、く「……わかった」とだけ頷いてくれた。
曜。
社の弁当は、すべて崎君が調理し、盛り付けた。
鶏肉のソテー、自製オニオンソースがけ。
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レシピは私がいた通りで、調料の配も狂いはない。だが、肉の焼き目を抑える微妙なの返しや、ソースを煮詰める秒単位のタイミングは、やはり私が作るものとはわずかに違っていた。
そのの過ぎ。
の話が鳴った。
良子さんが受話器を取る。し話した、困惑したような顔で私を招きした。
「み咲ちゃん……オオタニの宮本さんから。あなた宛てよ」
胸が嫌な音をててねた。
エプロンでを拭き、受話器を受け取る。
「はい、鳥鉄のです」
『あ、さんですか! 宮本です。あの……変なことをお聞きして本当に申し訳ないんですが』
宮本さんの声は、ひどく恐縮し、どこか怯えているようだった。
『今の社のお弁当、作られた方は……いつもと同じ方でしょうか?』
私は息を吸い込み、声をくえた。
「……何か、都がございましたでしょうか。分量や面で問題でも?」
『あ、いえ! 都というわけでは決してないんです! ただ……社が、召しがった瞬に箸を止められまして』
受話器の向こうで、宮本さんが周囲を気にしながら声になる気配がした。
『「今の飯は、いつもの奴が作ったものじゃないな」と、急に仰ったんです。「付けの数値は同じだが、の通し方が違う。のが変わったのか」と……。それで、総務の私に確認しろと鳴られまして……』
臓が、たいのに沈んでいくような覚がした。
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「……そうですか」
『あの、もし担当の方がお休みだったり、体調を崩されたのでしたら、はどうなるのかなといまして……。社、普段はあんなにの料理に執着する方ではないんです。いつもなら「いから捨てろ」で終わりなのに、今はずっと嫌そうに、誰が厨にいるのかを気にしておられて……』
「……は、私が作ります」
私は、自分の唇からその言葉がたことに、自分自で驚いていた。
「は、私がすべて責任を持って仕込みますとお伝えください。お騒がせして申し訳ありませんでした」
話を切った、受話器を置くが微かに震えていた。
わかるのか。
、私が作った料理を「当たりにある背景」としてただ胃袋に流し込んでいただけの男が。
妻の顔も見ず、テレビの経済ニュースやスマートフォンの画面ばかりを見つめながら箸をかしていた男が。
ほんのしのの通し方の違いを、で見抜いたというのか。
「み咲ちゃん、丈夫?」
良子さんが配そうに覗き込んでくる。
「何でもありません。から、また私がやります」
私は作業台に向き直った。
逃げるのは、やめようとった。
あいつが私の覚に執着し始めているというなら、突きつけてやる。
あいつが、何を踏みにじり、何を切り捨ててきたのかを、その鈍な舌のに、逃げのない現実として叩きつけてやる。