"追い出した妻の味を食べる夫" 第3話
どこの会社ですか?」
何気なく、濡れた布巾でを拭きながらその発注伺いの用を覗き込んだ。
番に印刷されていた発注元の企業名を見た瞬、私の指先が、ぴたりと止まった。
『株式会社オオタニ・フードクリエイト 本社総務部』
所は、駅の再発エリアに聳えつ、階建てのオフィスビルだった。
息が止まりそうになった。
オオタニ・フードクリエイト。
、健が「これから業界の頂点を取る」と豪語していた、あの会社の名だった。
用の端に、代表者名がさく記載されていた。
代表取締役 健。
界がわずかに歪んだ。
、度もにせず、の最もい所に押し込めていた名が、無質な朝体の活字となって網膜に焼き付いてくる。
あの黒い革靴。
たいコンクリート。
閉ざされた扉の音。
「……み咲? どうした、顔が悪いぞ」
鉄さんが審そうに私の顔を覗き込んできた。
私は咄嗟に線を類からし、胸の内で激しく乱れる悸を押し殺した。
「……いえ。ちょっと、名を聞いたことがある会社だなとって」
「ああ、駅のデカいビルに入ってるチェーンの本社だろ。羽振りがいいらしいが、総務の担当者が言うには、社内カフェテリアの飯がまずくて社員から満がてるらしい。で美い弁当を探してて、うちの唐揚げの噂を聞きつけたんだとよ」
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鉄さんはを掻きながら、し眉をひそめた。
「だがな、となると朝の仕込みがかなりキツくなる。おさんの負担が増えるだろ。割にわねえとったら、断ってもいいんだぞ」
鉄さんの温かい気遣いが、胸に痛いほど染みた。
断ることは簡単だった。
「仕込みが追いつきません」と言言えば、鉄さんは何つ疑わずに断りの話を入れてくれるだろう。
そうすれば、健のに怯えることもなく、平穏な常を守ることができる。
だが――。
私の線は、再び注文票に落ちた。
『オオタニ・フードクリエイト』。
、あの男は私を「何の役にもたない無駄なコスト」として吐き捨てた。をされたらではきていけない無力なだと決めつけ、裏ののに放りしたのだ。
その男が経営する会社の元で、私はき延びた。
にまみれ、油にまみれ、自分ので包丁を握り、原価を計算し、客の胃袋を満たす術をにつけてきた。
ここで逃げたら、私は、あののの「何も持たない無力な元妻」のままだ。
それに、鳥鉄にとっても、このの固定売は経営のきな定に繋がる。私を拾い、かしてくれたこのに、私は報いたい。
「……将」
私は顔をげた。自分でも驚くほど、声は静かで澄んでいた。
「受けましょう。、私が責任を持って仕込みます」
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鉄さんは驚いたように目を丸くし、それから私の目をじっと見つめた。
「……無理はすんなよ?」
「無理じゃありません。今の鳥鉄の仕込みの段取りなら、朝の入れを分めれば分に回せます。やりましょう」
翌の午、オオタニ・フードクリエイトの購買担当者がにやってきた。
宮本と名乗る代半ばの細の男性は、いかにも神経質そうに名刺を差しした。
「実はですね……うちの社が、に関して非常に気難しい方でして」
宮本さんは困り果てたように眉をの字にげ、厨の入りでをげた。
「本社に届く役員用の仕し弁当も、今だけで社変えているんです。『で作ったようなたいがする』だの、『既製品のタレの匂いがにつく』だのと、ほとんど箸をつけずに突き返されてしまいまして……。社員用とわせて、まず週のお試しとして受けていただけないでしょうか。もちろん、代は規定通りお支払いします」
「社にも、うちの弁当が入るんですか」
私がエプロン姿のまま尋ねると、宮本さんは申し訳なさそうに頷いた。
「ええ。のうち、だけ社に届けます。もし社が気に入らなければ、週で契約終になってしまう能性もありますが……それでもよろしいでしょうか」
「わかりました」
私はくをげた。
「毎、を込めて作らせていただきます」
宮本さんが帰った、良子さんが配そうにお茶を淹れてくれた。