"追い出した妻の味を食べる夫" 第1話
ガチャリ、と属が噛みう乾いた音がした。
それが、私のの結婚活の終わりを告げる音だった。
娘の優のでも、百箇でもない。事故でくなった優を荼毘に付し、親族や会葬者が引きげた直の、葬儀の裏でのことだった。
真の気が、喪のいを容赦なく突き抜けていた。
「優がいなくなった以、おとこのを維持する理由はない」
私の夫――健は、黒塗りの革靴の先で、え切ったコンクリートの面を軽く叩きながらそう言った。
声にはりも、しみもなかった。ただ、古くなった事務机を粗ゴミにすときのような、平坦で退屈そうな響きだけがあった。
「……何を、言っているの?」
私は膝をついたまま、震える声で夫を見げた。
「言葉通りのだ。おは専業主婦で、稼ぎもない。これまでは優の母親という役割があったから養ってきたが、その優がもういない。これ以、おという無駄なコストを抱える筋いはないと言っているんだ」
「待って、健さん。お願い。には、優のも、写真も……まだ全部あるのよ。話を聞いて……!」
縋りつこうと伸ばした私のを、健はコートの裾を払うようにして避けた。
「鍵は変える。おの荷物はそのうちまとめて処分しておくから、度と敷居を跨ぐな」
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鉄のい扉が閉められ、内側から鍵が回された。
カチャリ。
それきりだった。
バッグも、コートも、スマートフォンも、すべて控に置いたままだった。元に残ったのは、喪のポケットに無識に突っ込んでいたさな銭入れだけ。
けると、百円玉が枚と、円玉が枚。
百円。
連れ添った男から放りされた私の全財産は、たったそれだけだった。
がちらつき始めていた。
通りの灯がくにじみ、通り過ぎるがねげるシャーベット状のが、私の黒いストッキングを汚した。
娘をくしたばかりの母親が、喪枚で夜のを彷徨っている。すれ違う々は怪訝そうに線を向け、にざかっていった。
寒い、という覚すら、次第に麻痺していった。
駅の通の隅にうずくまり、コンクリートの底えに震えながら夜をかした。
目を閉じれば、健のあの徹な目が蘇る。
健はチェーンを代でちげた経営者だった。彼ののにあるのは常に「費用対効果」と「損切り」だけだった。
でもそうだった。私が作る料理、掃除された部、アイロンのかかったシャツ、娘の学事の段取り。それらはすべて「内リソース」として当然のように消費され、そこに謝や労いの言葉が挟まることは度もなかった。
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『今のおかず、し塩分がいな。は控えろ』
で彼が私の事に対してにしたのは、そんな業務連絡のような苦だけだった。
それでも私は、それが妻の役目だと信じ込んでいた。夫を支え、庭を守ることが、自分の唯の価値だとい込んでいたのだ。
だが、娘がんだ瞬、その虚構は瞬で崩れった。
目の夕暮れ、私のは限界を迎えていた。
空腹で胃が痙攣し、界がぐらぐらと揺れる。郊の寂れた商をあてもなく歩いていたときだった。
たいに乗って、暴力なほどばしい匂いが腔を突いた。
醤油とニンニク、そしてい揚げ油の匂い。
ふらふらと引き寄せられた先には、赤い簾を掲げた古びたがあった。
『鳥鉄』。
ガラス戸に貼られた冊には、きで「唐揚げ弁当 〇円」とかれている。
銭入れを握りしめた。
駅の自販でを買ってしまったため、残は百円。
円りない。
たった円。
私はのでち尽くした。ガラス越しに見える厨では、頑固そうな初老の男がきな華鍋で鶏肉を揚げていた。その横で、柄な女性が際よくキャベツを千切りにしている。
湯気と、油の弾ける音と、オレンジの温かい灯り。
そこには、私が失った「常」のすべてがあった。
引き戸をけたとき、私の喉からは掠れた声しかなかった。
「あの……円、りないんですけど……何か、しだけでも……」
みすぼらしい喪姿で震える私を、主の男――鉄さんは無言で見据えた。