"父の葬儀で離婚を迫った夫" 第21話
果てしない介護と育児と、え切った庭の沼が、彼女を待っていた。
それは、私への復讐劇など元にも及ばない、彼女自が蒔いた種がもたらす、残酷な常の罰だった。
「さようなら、お義母さん」
私はく礼し、ドアをけた。 背で響いた子のさく掠れた声は、閉ざされた扉の向こうへと消えった。
夕暮れのにると、のたいが頬をよく撫でた。 私はタクシーを拾わず、駅までのを、トランクを引いて歩いた。 アスファルトを叩く自分の靴音が、驚くほど軽やかだった。
◇
父が遺した、築の古い造アパート。
錆びた鍵を回してドアをけると、懐かしいの匂いと、微かなタバコのりが私を迎えてくれた。 畳の畳のにトランクを置き、私はく息を吸い込んだ。
何もない、静かな部。 だが、ここには私の尊厳があり、私の未来があった。
私はコートを脱ぎ、部の隅の押し入れをけた。 父の遺品を理するためだ。
番奥に押し込まれていた古い箱を取りし、蓋をける。 に入っていたのは、父が、現で使い古した具の式だった。 刃こぼれした鑿、擦り切れた墨壺、そしてに馴染むように削られた樫のの玄能。
具をつつに取っていると、の階段をギシギシと軋ませてがってくる音が聞こえた。
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トントン、と控えめなノック。
ドアをけると、作業着姿の柄な老がっていた。 父と来の付きいだった、現の元棟梁・佐伯さんだった。
「お、彩佳ちゃん。いたか」
佐伯さんは焼けした顔を綻ばせ、に持った袋を差しした。 「くの現の帰りに寄ってみたんだ。正雄の仏壇に、線の本でもあげさせてもらおうとってな」
「佐伯さん……! どうぞ、がってください」
狭い部にがった佐伯さんは、正雄の遺のに座り、静かにをわせた。 そして、部の隅に置かれた具箱を見て、目を細めた。
「おお、正雄の具か。懐かしいなあ。こいつはあいつが代の頃から使ってた玄能だ」
佐伯さんはゴツゴツとしたで玄能を持ちげ、おしそうに撫でた。
「正雄のやつ、現終わりに酒むたびにな、決まっておの自をしてたよ」
「……父が?」
「ああ。『うちの彩佳が引く図面はな、現の職の元がちゃんと見えてるんだ』ってな。『あいつは俺なんかより、ずっといいを作る。現のをってる女みたいなもんだ』って、々でよ」
佐伯さんはカラカラと笑い、私の顔を覗き込んだ。
「彩佳ちゃん。いろいろ変だったらしいが……お、いい顔になったな。正雄の若い頃にそっくりだ」
胸の奥が、いもので満たされていくのをじた。 涙が零れそうになったが、私はぐっと堪えて、笑顔で頷いた。
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「はい。私、もう度、設計の仕事を始めます」
「そうか! それがいい。正雄も空ので、酒がうまくてたまらんだろうよ」
佐伯さんが帰った、私は父の具箱を綺麗に拭きげ、デスクの脇に据えた。 それはでも、豪奢な産でもない。 父が私に遺してくれた、何者にも奪われない、誇りと技術の証だった。
◇
翌週から、私は『アトリエ・ハセガワ』での勤務をスタートさせた。
朝に社し、シニア向け宅の現調査に同し、夕方からは設計ソフトに向かって図面を引く。 のブランクは確かにあったが、現にて職たちと言葉を交わすたび、指先はかつての覚を急速に取り戻していった。
「彩佳さん、このすりの位置、絶妙だね。子からちがる、ちょうど体が乗るよ」 現のにそう褒められた、私はので父とハイタッチをした。
忙しく、充実した々が過ぎていった。 さなアパートの畳に帰ると、自分で淹れたお茶をみ、父の遺にそのの来事を報告する。 誰の顔を窺うこともなく、自分の力で稼いだおでパンを買い、好きなのカーテンを吊るす。 そんな当たりの活が、涙がるほどおしかった。
季節が巡り、初の澄んだがを吹き抜ける頃。
私のスマートフォンに、通のメッセージが届いた。
通画面に表示された名は、『坂港』だった。
メッセージをく。