"父の葬儀で離婚を迫った夫" 第10話
「……港さん! どうして話にてくれないの!?」
暗い非常階段の踊りから、押し殺した、しかし激しい女性の声が漏れ聞こえてきた。
を止める。 見覚えのある、そして障りな声。 桜井美優だった。
隙から覗くと、そこには港の腕に縋り付く美優の姿があった。 ゆったりとしたコートを羽織っているが、臨い腹部が自然に突きている。 メイクは崩れ、目は血り、かつて葬儀で私を見していたの余裕は跡形もなかった。
「美優! どうしておがここにいるんだ! 帰れと言っただろう!」
港が焦燥に駆られた声で、美優のを乱暴に振り払った。
「帰れるわけないじゃない! 私、ずっとホテルのロビーで待ってたのよ! そしたら……そしたら、港さんが彩佳先輩と腕を組んで入っていくのが見えて……!」
美優は涙をボロボロとこぼしながら、自分の腹を両で抱え込んだ。
「来週には入籍してくれるって言ったじゃない! この子がまれたら、すぐに私をお披目してくれるって! なのに、なんであの女を連れてるの!? 社内のみんなだって、私が次の社夫だって噂してるのに、私のはどうなるのよ!」
「声を落とせ、馬鹿野郎!」
港が美優の肩を激しく揺さぶり、く凄惨な声で唸った。
「今夜がどれだけなか、おには分からないのか!? あそこにいるのは都所の専務だぞ! おみたいな妊婦を連れてって、『実は妻とは婚調で、部に子供を産ませました』なんて言えるわけがないだろうが!」
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「おみたいな妊婦……?」
美優が息を呑み、信じられないものを見るように目を見いた。
「港さん、今なんて言ったの? この子は……坂の跡継ぎなんでしょう? 先輩が産めなかった、港さんの子供なのよ!?」
「だから、認はしてやるしも払うと言ってるだろう!」
港は苛たしげに髪を掻きむしり、吐き捨てるように言った。
「今は期が悪いんだよ! しは空気を読め! おとガキのせいで数百億のプロジェクトがパーになったら、誰が責任を取るんだ! 俺の邪魔をするな!」
「港さん……っ!」
美優はそのにへたり込みそうになり、壁にをついた。 その顔には、い絶望と恐怖が張り付いていた。
かつて、港が私に向けていた残酷な言葉。 『俺のの汚点だ』『おのそのものが邪魔なんだ』。 その刃が、今、寸分違わず美優の胸へと突き刺さっていた。
港にとって、妻もも、そしてまれてくる子供すらも、自分の成功と虚栄を満たすための『付属物』に過ぎないのだ。 自分に都が良いは甘やかし、自分の位を脅かすになった瞬、ゴミのように切り捨てる。
美優は今、ようやくその現実に直面していた。 彼女が必に奪い取った『勝利』の正体が、底の抜けたであったことに、ようやく気づいたのだ。
私はそれ以見ている気にもなれず、音をてずにそのをれた。
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同など湧かなかった。 彼女はの父親の葬儀をで踏みにじり、の尊厳を嘲笑ったのだ。 これは彼女自が選んだの、必然の代償に過ぎない。
席に戻ると、懇親会はやかに締めくくりのを迎えていた。 港は何わぬ顔で戻ってきたが、そのネクタイはわずかに歪み、グラスを持つ指先は微かに震えていた。
「本は本当に素らしいをありがとうございました。奥様、またいうちにお茶でもいたしましょうね」
容子専務夫が、別れ際に私のを優しく握りしめて言った。
「ありがとうございます。お遣い、より謝申しげます」
々と礼し、私たちは都所のを見送った。
黒塗りのハイヤーがりり、夜のたいが広尾の通りを吹き抜ける。 張り詰めていた空気がようやく緩み、港はそのにち尽くしたまま、荒い息を吐いた。
「……を呼んである。乗れ」
迎タクシーの革シートにく腰掛けた港は、窓のを流れる夜景を無言で見つめていた。 内には苦しい沈黙が満ちていた。
やがて、港が喉を鳴らし、掠れた声でをいた。
「……お、植専務の奥方に、あんなをしていたのか」
私はを向いたまま、何も答えなかった。
「……展示の資料もそうだ。あんな細かいこと、俺は度も頼んだ覚えはないぞ」