"二年間買い続けた夫の浮気相手" 第20話
彼女はゆっくりと顔をげ、私を見た。 その瞳には、い恐怖と、消えることのない罪悪が揺れていた。
「子さんは……もし、いつか翔太があなたのに現れて、真実を聞かれたら……私があなたにしたことを、全部話しますか? 私がどれだけ汚いであなたの夫を奪ったか、あの子に伝えますか……?」
残酷な問いだった。
私は美穂を見つめ返した。 彼女の喉が、緊張でさくしている。
私には、その権利があった。 「ええ、すべて話すわ」「あなたの母親がどんな悪だったか、言句違わずに教えてあげる」と宣告して、この女の余に永の呪いをかけてやることだってできた。 それが、奪われた側の当然の復讐だったはずだ。
砂で、翔太がちがり、両を砂だらけにしてこちらへ駆けてきた。 「ママ! きいおできたよ!」 無邪気な、混じりけのない笑顔。 この子はまだ何もらない。 がどれほど勝で、どれほど嘘つきで、どれほど醜いき物なのかを。
私は翔太のにそっと線を落とし、それから美穂に向き直った。
「翔太君がきくなって、もし私のところに来て真実を尋ねたら」
私の声は、静かだった。
「私は、あなたのために嘘をつく気はないわ」
美穂が息を呑んだ。
「あなたが既婚者だとっていて健さんと関係を持ったことも、私の病気を利用して婚を迫ったことも、聞かれたら事実として答えるでしょうね。
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あなたの罪を、私が代わりに覆い隠してあげる筋いはないから」
美穂は絶望に顔を歪め、俯こうとした。 だが、私は彼女の言葉を逃さなかった。
「でもね」
私は歩、言葉をねた。
「私からんで、あの子にあなたの過を吹き込むような真似は絶対にしないわ」
美穂が、はっと顔をげた。
「あなたの犯した罪を使って、子供に母親を憎ませるような真似はしないって言ってるのよ。それは……健さんがやってきたことと同じだもの」
私は自分の胸元に、そっとを当てた。
「自分の傷を癒すために、誰かを悪者に仕てげて、無関係な子供のに毒を流し込む。そんな卑怯なき方を、私は選ばない。あなたを許したからじゃないわ。私が、あの男と同じになりたくないからよ」
美穂の瞳から、粒の涙が溢れした。 彼女は両で顔を覆い、声を押し殺して肩を震わせた。
「子供にね、誰が悪いかなんて教えなくていいのよ」
私はちがり、コートの襟をわせた。
「が違った選択をしたんだって、それだけを伝えなさい。そして、その違いは、決してあの子のせいじゃないってことだけを、ぬ気で伝え続けなさい。それが、母親になったあなたの責任でしょう」
美穂は顔を覆ったまま、何度も、何度も、く頷いた。 指の隙からこぼれる涙が、アスファルトのに黒い染みを作っていく。
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「子さん……」
美穂が、涙でぐしゃぐしゃになった顔をげた。
「私を……んでいますか」
ずっと聞きたくて、けれど恐ろしくてにできなかったであろう問い。
私は夕暮れの空を見げた。 茜から群青へと移り変わるグラデーションの空に、番がく輝き始めていた。
「んでいたわ」
私は淡に答えた。
「んでしまえばいいとった夜も、何度もある。今だって、あなたのことを好きになれたわけじゃないわ」
線を戻し、美穂を真っ直ぐに見つめた。
「でもね、もうあなたをむことで、自分のを埋めるのはやめたの。そんなことにを使うには、私のは、もう分にくて、切なものだから」
私はバッグからハンカチを取りし、ベンチのに置いた。 美穂の背を抱きしめることも、涙を拭ってやることもせず、ただそれだけを置いて、歩きした。
「さようなら、美穂さん」
背から、美穂の嗚咽と、「ありがとうございました」という掠れた声が、に乗って微かに届いた。 私は度も振り返らず、夕暮れののへとをめた。
それから、ヶが過ぎた。
季節はを越え、アトリエの窓から差し込むに、柔らかなの気配が混ざり始めていた。
美穂は調が成した、京のアパートを引き払い、実のある静岡の港町へ翔太と共に移りんだと、支援センターの担当者からの噂で聞いた。