みかん小説
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"二年間買い続けた夫の浮気相手" 第10話

私は振り返らなかった。 ドアノブを握るに、ぎゅっと力を込める。

そんな話を聞いて、どうしろというのだ。 「助けてあげましょうか」とでも言うと期待しているのか。 「私も同じ目に遭ったから、あなたの気持ちが分かる」と、を差し伸べるとでもっているのか。

あり得ない。 絶対に、あり得ない。

「……だから何?」

私は背を向けたまま、氷のようにたい声で言った。

「あなたと健さんの沼劇に、私が巻き込まれる筋いはないわ。子供のことだって、あなたが自分で選んだ男とのに作った子供でしょ。自分で責任を取りなさいよ」

「……ええ。分かってます」

美穂の声は、静かだった。

「子さんに助けてもらおうなんて、これっぽっちもっていません。そんな資格、私にないことくらい、誰よりも私がっています」

鉄の扉の隙から、館内のアナウンスが微かに漏れて聞こえてきた。 私の受付番号を呼ぶ声ではなかったが、診察のが確実にづいていることを告げていた。

「ただ、これだけは伝えておきたかったんです」

美穂の気配が、歩だけ退した。

「あのは、今でもあなたのことをにします。『あいつは酷だった』『子供が産めない体になって、俺を裏切った』って、今でも自分の過を正当化するために、あなたの名を使っています。あの男は、最初から誰もしていなかった。

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自分を番気持ちよくさせてくれる物語しか、せないなんです」

私はドアノブを押しげた。 ギィ、と鈍い属音が鳴り、テラスのたい空気が、病院のかい廊へと流れ込んでいく。

「さようなら、子さん」

背から届いたその言葉を最に、私は度も振り返ることなく、鉄の扉をく引いて閉めた。

カチャリと鍵のかかる音が、の世界を再び分断した。

待廊の子に戻ると、胸ポケットの受信が、激しく振を始めた。 画面には『待へお入りください』の文字。

私は診察のドアノブを見つめながら、く息を吸い込んだ。 のひらに、まだ爪をてた跡が赤く残っていた。

美穂の最の言葉が、の奥で、呪いのように何度も何度も反芻されていた。

――あの男は、最初から誰もしていなかった。 ――自分を番気持ちよくさせてくれる物語しか、せないなんです。

診察のいドアの向こうへを踏み入れながら、私はえ切った指先をぎゅっと握りしめた。 あのとの因縁は、まだ終わっていなかったのだ。 私がどれだけ忘れようとしても、どれだけざけようとしても、過の霊は、形を変えて私の元にい寄ってきていた。

病院から戻ったその夜、私はひどい悪寒に襲われた。

検診の結果そのものは「異常なし」

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だった。 CTの画像にも再発の兆候はなく、血液検査の腫瘍マーカーも基準値以。担当医からは「順調ですね、このまま次の半を迎えましょう」と穏やかに告げられていた。 体の奥底に潜むから、ひとまず猶予を与えられたはずだった。

それなのに、アパートの玄関をけて靴を脱いだ瞬、膝がガクガクと震え始めた。 胃の奥からたい油のようなものがせりがってくる。 コートを脱ぐ気力もなく、私は敷きっぱなしの布団のに倒れ込んだ。

体温計を脇に挟むと、子音が鳴る。度分。 邪の症状はどこにもなかった。咳もず、喉も痛まない。 ただ、腹部の術痕が、まるでの術当に戻ったかのように、ズキズキと鈍いを持って脈打っていた。

目を閉じると、暗い病院のテラスの景が、網膜の裏に焼き付いてれなかった。

に乱れる美穂の黒髪。 骨が浮きた細い首。 「最初から嘲笑うつもりで買った」と言い放ったの、あの歪んだ自嘲の表。 そして、鉄の扉の向こうから背に投げつけられた、あの平坦な告。

――あのは、今でもあなたのことをにします。 ――自分を番気持ちよくさせてくれる物語しか、せないなんです。

の芯がガンガンと激しく痛んだ。 私は毛布をから被り、体を固く丸めた。

忘れたはずだった。

、必に指先をかし、を削り、を磨いて、ようやくあの病の記憶を過のものにしたはずだった。

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