みかん小説
本棚

"二年間買い続けた夫の浮気相手" 第4話

――会社の忘会。 ――赤ワインのグラス。 ――健の腕に絡みつき、私を見つめていた挑発な線。

「……田、さん?」

私のから、乾いた名がこぼれ落ちた。

目のの女性――田美穂の顔から、瞬で血の気が引いていった。 唇が激しく震え、喉の奥からさな鳴のような音が漏れる。

かつての、若さと自信に満ち溢れていたあの面は、どこにもなかった。 まるで何かに追われ、すり減り、痩せ細った霊のように、彼女はそこにっていた。

「あ……」

美穂は言葉にならない声をげ、履き古したパンプスをぎこちなく退させた。

「待って」

私が反射にを伸ばそうとした瞬、彼女は弾かれたようにを翻した。

「待ちなさいよ!」

声を荒げたが、美穂は振り返らなかった。 まるで恐ろしい怪物から逃げすかのように、細い肩を激しく揺らしながら、駅へ続く坂を転げるようにりっていく。

私は追うことができなかった。 ただ呆然と、ざかっていくベージュのコートの背を見つめ続けるしかなかった。

のたいが、のに残された空を吹き抜けていく。

ふと元を見ると、ギャラリーの入り脇にある製のベンチのに、さく折りたたまれたいが落ちていた。 彼女が逃げす際、ポケットから滑り落ちたのだろうか。

私は鉛のようにい取りでベンチにづき、そのを拾いげた。

広告

それは、展示会の予約完画面を印刷した控えの用だった。 そしてその裏面に、ボールペンの震える跡で、数の文字が殴りきされていた。

『ごめんなさい。 許してほしくて来たのではありません。 ただ、どうしても、あなたがを向いてきている姿を、この目で確かめたかった。 勝なことをして本当にすみません。もう度と現れません。 でも、もし、いつかあなたが当のことをりたいとうが来たら、ここに連絡をください。 すべて、お話しします』

末尾には、携帯話の番号がつだけ記されていた。

指先が、え切っていくのが分かった。

りなのか、困惑なのか、それとも底れぬ気の悪さなのか、自分でも判別のつかないが胃の底からせりがってくる。

――許してほしくて来たのではない? ――を向いてきている姿を確かめたかった?

「ふざけないでよ……」

絞りすような声が、喉から漏れた。

私の庭を壊し、病気で苦しむ私から夫を奪いった女が、何を被害者のような顔をしてを残していくのか。 私のをにして、自分だけが善でいたかったとでも言うのだろうか。

「何が、お話ししますよ……!」

私はそのを両で激しく握りつぶした。 くしゃくしゃになった屑を、ギャラリーの脇に置かれたゴミ箱へ力任せに投げ入れた。

広告

界が歪むほどのりに震えながら、私は呼吸を繰り返し、平静を装ってギャラリーのへと戻った。 残りのをどうやってやり過ごしたのか、ほとんど覚えていない。 笑顔を作り、お客様を見送り、片付けをして、タクシーに乗り込んだ。

夜の過ぎ、私はアトリエのデスクに座っていた。

部のは静まり返り、蛍灯のたいかりが、作業台のに散らばるの破片を照らしている。

ゴミ箱に捨てたはずの、あの丸められたが、いま私の元にあった。 ギャラリーをる直、どうしても見過ごすことができず、友が見ていない隙に拾いげてバッグの底に押し込んでいたのだ。

デスクのに広げられたの皺を、私は指先でなぞった。

携帯話の番号。 そして、『ごめんなさい』という文字。

「……気持ち悪い」

わずをついてた。 奪った側が、奪われた側に寄り添うふりをする。 毎アクセサリーを買い、優しい言葉を投げかけ、私のしいをから見守る『理解者』のポジションに収まる。 それ以の侮辱が、この世にあるだろうか。

私はスマートフォンをに取り、ショップの管理画面をいた。 顧客リストから『MIHO』を検索する。 このアカウントを今すぐブロックし、度と私のショップにアクセスできないようにしてやる。 度と、私の作るものにその指で触れさせない。

震える指で操作を続け、彼女の顧客詳細ページをいた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: