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"身重の私を捨てた夫の誤算" 第9話

は元にあった分いバインダーを掴むと、佐々の元に向けて投げつけた。 バサバサと資料が散乱し、内には苦しい沈黙が広がる。

誰も、もうを庇おうとはしなかった。 かつてなら、彼が机を叩いて鳴れば、周囲は恐縮して従っただろう。 なぜなら、翌朝には必ず、のから「完璧な修正コード」が提示されていたからだ。

『昨、俺が自宅で徹夜して直しておいた。次からは気をつけてくれよ』

そう言って優越に浸りながら渡していたフロッピーやUSBメモリ。 社員たちは、の傲な態度を嫌悪しながらも、その「圧倒な問題解決能力」だけは本物だと信じ込まされていたのだ。

だが、今、その神話が音をてて崩れ落ちていた。 夜に自宅で作業していたのはではない。 解決していたのは、彼が「無職の居候」としてに閉じ込め、事と介護を押し付けていた私だったのだから。

部の隅でその景を見ていた神田玲奈の表が、目に見えて張っていくのが分かった。 玲奈は、が鳴り散らす姿を、まるで得体のれない怪物を見るようなえ切った目で見つめていた。 彼女が惹かれていたのは「若き才技術役員」というの板と、将来を約束された社会位だったはずだ。 その板のが、これほどまでに浅で、無力な空洞であることに、彼女もまた気づき始めていた。

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「見苦しいな」

神崎がタブレットの画面を閉じながら、く呟いた。

「社員たちのには、すでに決定な信が芽えている。の説会を待つまでもなく、彼の求力はゼロだ。……だが宮子さん、君の方は丈夫なのかい?」

「……ええ」

私はく答えたが、実際には額にや汗が滲んでいた。 腹部に、周期な鈍痛がり始めていたのだ。 まだ本格な陣痛ではない。けれど、子宮が固く収縮し、胎児がへようと準備を始めているサインだった。

私は机の端を握りしめ、痛みがるのを待った。 呼吸をえながら、元の端末のキーを叩く。

「神崎さん。野システムズが保管している、過の発リポジトリ――社内バージョン管理システムの層ログの抽を許してください。内閣府の監査コードを使います」

「ログの抽? 障害の復旧パッチをくだけなら、現のコードベースを見るだけでりるんじゃないのか?」

「いいえ、りません」

私は画面を指差した。

「が持ちした破損パッチは、私がにいた実験用のスクリプトです。あれがなぜ本番環境に紛れ込んだのかを辿るには、彼が過、私のコードをどのように社内システムに『ロンダリング』してきたのか、その履歴を完全に復元する必があります。そうでなければ、奴らは説会ので『宮子が図に破壊作プログラムを庭内PCに仕込んでいた』と主張してくるはずです」

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神崎の表が引き締まった。

「なるほど……。奴らの性格なら、やりかねないな。分かった。デジタル庁と法務省の同令状に基づく特命アクセス権を付与する。すべてのログをのに晒してくれ」

端末に専用の認証キーを差し込む。 私のに、野システムズの創以来の、すべてのコミットログ――誰が、いつ、どのを修正したかを示すデジタルの跡が、涛の勢いで展された。

画面をスクロールしていくにつれ、私の胸は激しい悸に支配されていった。

そこにあったのは、単なる「夫への協力」という易しいものではなかった。 悪に満ちた、組織かつ徹底な『私のの消』の記録だった。

、結婚した直に掛けた最初の案件――自治体向け防災報配信システム。 当のローカルログには、私の旧姓である『堂宮子(Miyako Tendo)』のシグネチャが確かに刻まれていた。 だが、そのわずか。 夜分。 のアカウントから、特殊なシェルスクリプトが実されていた。

『git filter-branch --env-filter ...』

過のコミット履歴を遡り、作成者の名を全自で置換するコマンド。 堂宮子の名は、瞬にして『Koichi Amano』へとき換えられていた。

それだけではない。 、の座り作業で腰を痛め、湿布を貼りながら完成させた速暗号化ライブラリ。

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