"母がナイフで砕いた自分の名前" 第15話
が子を殺しかけた罪が、涯をかけて背負うと決めた、贖罪の字架だったんだよ」
言葉がなかった。 指先から血の気が完全に引いていた。
贖罪。 母がにわたってを捧げてきた従順さの正体は、被害者の諦めなどではなかった。 自らに科した、終刑だったのだ。
「それなのに……」
杉本さんの厳しい線が、私の胸を突き刺す。
「あんたは、その字架を力ずくで引き剥がし、あの子が最も忌み嫌い、恐怖し、封印してきた『槙野子』という名を、親類ので、息子ので、これ見よがしに突きつけたんだ」
『誰があなたに、私の名を勝に暴いていいと許したの?』 『誰が……誰が戻りたいなんて言ったのよ!』
あのの母の絶叫が、まったく別のを持って私の脳髄を貫いた。
あれは、抑圧に対するりではなかった。 息子ので、過の「殺しの業」をのに晒された、母親としての絶望な羞恥と恐怖の鳴だったのだ。
「私は……なんてことを……」
私の目から、粒の涙がボロボロと畳のに落ちた。 止まらなかった。 胸の奥が張り裂けそうだった。
私は母を救おうとしたのではない。 「抑圧されたな母を、自した女性として覚させる聡な娘」という、っぺらな自己満の物語に、母を無理やり当てはめようとしただけだ。 母が背負ってきたの痛みの、その片すら像しようともせずに。
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「……先」
私は掠れた声で絞りした。
「母は……なぜ、ここのあいだに、また形を作り始めたのでしょうか。それも、名を削り落としてまで……」
杉本さんは、く、静かに息を吸い込んだ。
「夫がんだからだよ」
「え……?」
「佐伯の夫がんで、世田のをてになった。……縛り付けるものが消えたとき、あの子の魂が、閉じ込められていた飢えが、暴れしたんだろうね。あの子は本物の表現者だったから。度そのをったは、ぬまで飢えから逃れられない」
杉本さんは、裁断台のに置かれたを優しく撫でた。
「でも、作れば作るほど、罪の識が襲ってくる。の首の痕が目を焼く。だから、名を削るしかなかったんだよ。『これは槙野子の作品ではない』『私はまだ贖罪の途にいる』と、自分に言い聞かせるためにね。あの子は、形を作りながら、毎自分を処刑していたんだよ」
息が詰まった。 あの暗い畳半の部。 然と並べられた体もの美しい形たち。 そのすべての台座の裏に刻まれていた、血を流すようなえぐり傷。 あれは、母が自らの表現欲という「業」と、母性という「罪」のあいだで引き裂かれ、血を吐きながらのたうち回っていた痕跡だったのだ。
*
夕方、杉本さんのを辞したとき、みぞれはたい本りのに変わっていた。
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岡駅の待のベンチに座り、私は呆然とえた指先を見つめていた。 体の骨から力が抜け落ち、ちがることすらできなかった。
ポケットので、スマホが震えた。 画面を見ると、の名が表示されていた。
瞬、るのをためらった。 だが、私は震える指で通話ボタンを押した。
「……もしもし」
『お、今どこにいる』
兄の声は、りを通り越して、酷く疲弊していた。
「……岡にいるよ。お母さんの、昔の先に会ってきた」
話の向こうで、兄がさく息を呑む配がした。 数秒の沈黙の、の掠れた声が響いた。
『……全部、聞いたのか』
「うん。聞いた」
私の目から、再びいものがこぼれ落ちた。
「……ごめんなさい。私、何もらなかった。の首の痕のこと、お母さんが、何を背負ってきてきたのか……何もらずに、あんな残酷なことをして……」
『……俺はさ』
が、ぽつりと言った。
『物ついたから、ってたよ。首の痕を見る母さんの目が、普通じゃないことくらい』
の音が、話越しになりう。
『学にがる、鏡を見て「これ何?」って母さんに聞いたことがあるんだ。その、母さん、俺のに崩れ落ちて、に額を擦り付けて泣き叫んだんだよ。「ごめんなさい、ごめんなさい、私が悪かったの」って。まるで、刑宣告を受けた囚みたいにさ』
の声が、震えていた。
『親父も、ばあさんも、事あるごとに母さんに言ってた。「の傷を見ろ」