"母がナイフで砕いた自分の名前" 第11話
「お母さん……話して。お願いだから。何があったの? 、お母さんが形を辞めたとき、本当は何があったの?」
母は顔を覆ったまま、首を激しく横に振った。
「言えない……誰にも言えない……」
「はってるんでしょ?! あの夜、が言ってたよ! 『おがまれる、母さんがどれだけのいであの名を消したか、おは何もらねえくせに』って!」
母の体が、ビクリとねた。
ゆっくりと、母が顔をげた。 涙とでぐしゃぐしゃになった顔。 その瞳孔の奥に宿っていたのは、私に対するりではなく、過の霊に怯える女のような、底れない絶望だった。
「……あの子が、そんなことを?」
母の掠れた声が、微かに震える。
「あの子は……は、覚えていたの……? あんなにさかったのに……?」
「お母さん……?」
母は力なく笑った。 壊れた本形のような、気のない笑みだった。
「真由。あんたは、本当に幸せな子ね」
母は呟いた。
「あんたがまれたとき、にはもう、枚落ちていなかった。絵の具も、も、私の過も、すべて綺麗に片付いていたものね。あんたのっている私は、最初から『佐伯の母さん』だった」
母はに散らばった、無残に砕かれた形の残骸を見つめた。 その折れた首から、いの繊維が綿のようにびしている。
「でもね、は違うのよ」
母の瞳から、すっとが消えた。
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たく澄んだ、底れぬ暗が、そこに広がっていた。
「の首筋に……今でも残っているでしょう。あの、傷のような赤い痕が」
臓が、ドクンと嫌な音をてた。
兄のの、ののから首筋にかけて残っている、ののひらほどの赤黒い皮膚の変。 幼い頃、「あれは何?」と聞いた私に、父は「が赤ん坊のとき、い病気にかかった痕だ」とく答えただけだった。 それ以、族の誰もその話題に触れることはなかった。
「あれはね」
母は、自分の細い指先をじっと見つめながら、囁くように言った。
「私が、殺しかけた痕よ」
部のの空気が、完全に凍りついた。
「え……?」
「私が、槙野子という名を欲しがったせいで……自分の才能とやらを証したくて、狂っていたせいで……あの子の命を、私がこので奪いかけたの」
母の元が、歪んだ弧を描いた。
「それが、私の『』の正体よ。……さあ、分かったらていって」
母はちがると、無表のままドアを指差した。 その瞳には、もう涙の滴も残っていなかった。 ただ、自分自を永久に許さないと決めただけが持つ、酷な断絶の壁がそこにあった。
「度と、この部に入らないで。この形たちにも、私の過にも、度と触らないで」
私は、言も返せなかった。 元に転がる壊れた形を抱きげることもできず、ただずさりするように部をるしかなかった。
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背で、バタンと激しい音をててドアが閉まった。 ガチャリ、と内側から鍵が掛かり、再び何にも養テープを貼る、擦れる音が聞こえてきた。
暗い廊に放りされた私のには、あの粗いヤスリで削り取られた、たい桐の台座だけが残されていた。
殺しかけた? 母が、兄を? 槙野子という名を欲しがったせいで?
ので、母の言葉が恐ろしいスピードで反響していた。 の。 陸現代美術芸展で優秀賞を受賞した、まさにその直。 佐伯の密で、体何が起きたのか。
私は震えるでスマホを取りし、画面に浮かぶ幹線の予約サイトをいた。
かなければならない。 母のまれた所、あの形がまれた所——富県岡へ。 の、あの血塗られた「真実」の底へ。
陸幹線「かがやき」の窓は、野を過ぎたあたりから鉛のに覆われ始めていた。
トンネルを抜けるたびに、景の彩度が落ちていく。 湿った気が窓ガラスの隙からい込み、の効いた内だというのに、指先は氷のようにたかった。
私はコートのポケットので、あの削り取られた桐の台座を握りしめていた。 無数に刻まれた抉り傷。 粗いやすりで削り取られた肌のささくれが、親指の腹にい込む。
『あの子の首筋に……今でも残っているでしょう。
あの、傷のような赤い痕が』 『あれはね……私が、殺しかけた痕よ』