"母がナイフで砕いた自分の名前" 第9話
さらに、ドアの隙という隙に、茶い養テープが隙なく貼られていた。 部のから何かが漏れるのを防ぐように。 あるいは、から何かが侵入するのを拒絶するように。
「……何なの、これ」
指先が震えた。 恐怖が胃の底からせりがってくる。 母は、こので何をしているのか。
私は爪をて、養テープの端を剥がし始めた。 ベリベリ、と静かな部に障りな粘着音が響く。 麻紐の結び目を、爪が折れるほどの力で解いていく。固く締めげられた結び目は、母の固な拒絶そのもののようだった。
最の結び目が解け、麻紐がに落ちた。
私はドアノブを握り、ゆっくりと引いた。
ギィ……と蝶番が軋む。
遮カーテンが固く閉め切られ、昼だというのに部のは暗かった。 淀んだ空気のに、烈なの繊維の匂いと、絵の具の膠の匂いがち込めている。
暗に目が慣れるにつれ、その部の全貌が浮かびがってきた。
「あっ……」
私のから、声にならない鳴が漏れた。
の踏みもないほどに、部が「それ」で埋め尽くされていた。
壁際に急造されたスチールラックの棚という棚に、然と、何体もの形が並べられていた。 すべて、で作られた形だった。
体や体ではない。 、……いや、体はある。
窓からわずかに漏れるを浴びて、形たちが静かに佇んでいた。
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世田の袋で見つけたあの平貴族の形よりも、技術はらかに化していた。
着物の襲ののなりは、まるで本物の絹織物のようにく、柔らかく波打っている。 ある形は、に吹かれて袂を押さえる若い娘の姿。 ある形は、虚空を見つめて静かに祈りを捧げる老女の姿。 ある形は、胸元に幼子を抱きかかえ、狂おしいほどのおしさを込めて見つめる母親の姿。
どの形も、今にも皮膚が呼吸を始めそうなほど、々しい気迫を放っていた。 の細かな毛羽ちが、を乱反射させ、形たちの輪郭を淡く発させている。
美しい。 息が止まるほどに、圧倒で、残酷なまでに純度のい美だった。
母は、作っていたのだ。 誰に見せるためでもなく。 評価されるためでもなく。 父がんでからの、この暗い密に閉じこもり、狂ったようにをちぎり、貼り、命を吹き込み続けていたのだ。
私は吸い寄せられるように、番の棚に置かれた形にを伸ばした。 青い着物を纏った、歳ほどの女の形。 その伏せられた睫毛の本本までが、極細のの繊維で表現されている。
震えるで形を持ちげ、その底面——黒漆の台座の裏返した。
瞬、私の喉が引き攣った。
文字は、なかった。
あの袋に入っていた台座と同じだった。
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だが、こちらはもっと酷かった。
作者の名がかれるはずの肌が、彫刻刀のような鋭利な刃物で、無残に抉り取られていた。 幾にも交差するい傷。 が裂け、いが固まったまま放置されている。 それだけではない。傷の周辺には、黒い墨のようなものがび散り、それをさらに鉄のヤスリで擦り潰したような、赤黒い染みがこびりついていた。
次の形をに取る。 台座の裏を見る。
抉られている。
その隣の形も。 奥の形も。 抱き形のようなきな母子像も。
すべて、すべての台座の裏が、狂気じみた暴力によって削り落とされ、抉られ、破壊されていた。
名を消している。 母は、形を完成させるたびに、自らので、自らの名を殺していたのだ。
まるで、この形たちに自分の血が通っていることを、何かの罪であるかのように呪いながら。
「どうして……」
膝の力が抜け、私はそのにへたり込んだ。 畳のに散らばる、削り落とされたの破片と、破かれたの切れ端。 そのに、枚のメモ用が落ちていた。
震える指でそれを拾いげる。 母の、震える跡でかれた、鉛のりきだった。
『許してください』
たった。
『許してください。私はまた、に触れてしまいました』
誰に? 体、誰に向かって謝っているのか。 んだ父にか? 佐伯のにか?
「……何をしてるの」
背から、氷のような声がってきた。
臓がねがった。 振り返ると、け放たれたドアのに、母がっていた。