"母がナイフで砕いた自分の名前" 第7話
私は削り取られた台座を袋に押し込み、バッグを掴んで個をびした。
「お客様、お会計は——」 「カードで! 全額切ってください、領収はりません!」
フロントにクレジットカードを叩きつけ、サインを殴りきする。 をると、の夜が容赦なく頬を叩いた。 座のきらびやかなネオンが、涙で滲んで歪んで見える。
タクシーを拾い、母のしいマンションの所を告げた。
『勝に私のを、にしないで』
母の言葉が、鋭利な刃物となって私の胸を抉り続けていた。 私は正義の方などではなかった。 母がかけて必に塗り固め、血を流しながら封印してきたパンドラの箱を、無邪気な笑顔で蹴破った、ただの愚かな破壊者に過ぎなかったのだ。
窓を流れる京の夜景を見つめながら、私は祈るように両を組んだ。
お母さん、お願いだから無事でいて。 そして、教えて。 あなたが隠し続け、自分ので削り取ったその傷の底に、体何が埋まっているのかを。
あの夜、母のしいマンションのに着いたとき、階の角部のかりは完全に消えていた。
築を越える、静かな宅の賃貸マンション。 暗い廊をりでみ、302号のドアベルを鳴らした。
ピンポーン、という乾いた子音が夜の静寂に吸い込まれていく。
広告
度、度、度。 応答はなかった。
「お母さん! 真由です、けて! 頼むから顔を見せて!」
ドアノブにをかける。 カチャリと属が鳴り、わずかに数センチだけ扉がいた。だが、い鎖の音とともに、たい隙を残して止まった。
ドアチェーンが、内側から掛けられていた。
暗がりので、微かにの気配がした。隙から漏れてくる空気のに、湿った古い樟脳の匂いと、微かな糊の匂いが混ざっている。
「お母さん、そこにいるんでしょ? お願い、話を聞いて。私が悪かったから……ケーキのことは謝るから!」
返事はなかった。 ただ、チェーンの隙の向こう、漆黒ののから、細く乱れた呼気だけが伝わってきた。
ガチャリ。
チェーン越しに、内側の鍵が乱暴に回された。 そして、無言のままドアが押し戻され、完全に閉ざされた。 属のたい触が、私の先を掠めた。
「お母さん!」
鉄の扉を拳で叩いたが、度と内側の気配がくことはなかった。 まるで、最初から誰もんでいない部のようだった。
廊のたいコンクリートのにち尽くしていると、ポケットのでスマホが震えた。 画面をくと、族のLINEグループに兄のから文のメッセージが届いていた。
『真由、おのやったことは絶対に許されない。 親父がんでから、母さんがどれだけ神経をすり減らして世田のを畳んだか、おはしでも像したことがあるのか? 古希の席であんな恥をかかせて、母さんを泣かせて、おは何がしたかったんだ。
広告
「お母さんのため」だと? 笑わせるな。おはただ、自分のい通りに母さんをかして、れな被害者を救いした気になりたいだけの傲な子どもだ。 度と母さんのに顔をすな。もし母さんのに何かあったら、俺はおをむ』
義姉の優さんからも、個別にメッセージが入っていた。 『真由ちゃん、子どもたちが怯えて泣いてしまいました。しばらく連絡は控えてください』
叔父からの着信履歴が件。 グループの通をオフにして、私はスマホをポケットの奥底へ押し込んだ。
誰も方はいない。 私は完全に、佐伯という共同体の平穏をで踏み荒らした「狂」だった。
だが、あの夜、私のを震わせ続けていたのは、族からの非難でも、孤の恐怖でもなかった。 コートのポケットに入った、あのい桐の板。 母の提げバッグから零れ落ちた、激しく削り取られた台座の触だった。
指先をポケットに入れるたび、粗いサンドペーパーで肌がえぐられた、無数のささくれが爪のに刺さるように痛んだ。
あの凄惨な削り跡は、何を物語っているのか。 母は、今も作っている。 、佐伯のと父によって奪われたはずの形を。 それも、父がんだあとの、ここのあいだに。
なぜ、名を削ったのか。