"母がナイフで砕いた自分の名前" 第5話
『——来の個展に向けて、単の構成を練る。眠はだが、まったく眠くない。を染めているとき、私は私という肉体を忘れる。私は槙野子であり、それ以の何者でもない。このがある限り、私はどこへでもける』(昭)
ページをめくるが止まらなかった。 ノートから溢れしてくるのは、圧倒な量だった。 きること、創ること、表現することへの飢え。 自分の名で世にち、自分ので世界を切り拓こうとする、の若き芸術の魂の咆哮が、そこに刻まれていた。
だが、昭のを境に、跡が乱れ始めていた。
『——佐伯への嫁入りが決まった。父は「名からの申しだ、おのような変わり者を貰ってくれるだけでも難いとえ」と言う。見いの席で、あのは私の形を見て「先が器用なら、障子の張り替えや雑巾縫いがで助かる」と笑った。息が詰まりそうだった。でも、結婚しても制作は続けていいと、あのは言ってくれた。それを信じるしかない』(昭)
そして、最の誌。 付は昭、兄のがまれた直のものだった。
『——お義母様(姑)から、激しく叱責された。 「佐伯の跡取りを産んだ嫁が、部に籠もって切れ弄りなど言語断」 「母親が自分の名声欲しさにへ名をすなど、恥をりなさい。
広告
佐伯の名にを塗る気か」 あのは、黙ってテレビを見ていた。助けてはくれなかった。 具をすべて片付けろと言われた。 を触る指が震える。 今、具箱を袋に隠した。 さようなら、子。 今から私は、佐伯の嫁として、の母親としてぬのだ』
誌は、そこで途切れていた。 最のページの隅には、涙の跡が、丸くを波打たせて残っていた。
あのの衝撃を、私は今でも鮮に覚えている。
階の納戸の暗がりので、私はノートを抱きしめたまま、ボロボロと涙を流した。 らなかった。 私のっている母は、いつだって「佐伯子」だった。 父の好みにわせて煮物の付けを変え、姑の好む柄の着物を着て、兄と私の学のために自分のを着も買わなかった母。 自己主張をすることが美徳ではないと教え込まれ、父が理尽に鳴り散らしても、「ごめんなさいね」と真っ先に謝っていた母。
彼女は、まれつき従順な「お母さん」だったわけではなかったのだ。 その豊かな才能を、名を、未来を、佐伯というによって、父と姑によって、力ずくで奪われ、勢されたのだ。
「かわいそうに……」
その、私の胸を満たしたのは、母に対する底れない同と、父や佐伯に対する猛烈なりだった。
許せない、とった。 父はに脳梗塞であっけなく逝き、姑もとっくに骨になって墓のだ。
広告
加害者たちは誰も罰を受けず、母だけが、自分の名を奪われたまま、歳の老になってしまった。
だからこそ、私が取り戻してあげなければならない。 娘である私が、母の失われたを肯定し、「あなたはあなたのままで良かったのだ」と証してあげなければならない。
古希の祝いの席で、あの『佐伯』という呪われた苗字を消しり、『槙野』という誇りい名を呼び戻す。 それは、私にとって完璧な「救済」のシナリオだった。 母の抑圧された魂を解放する、最のエールになるはずだったのだ。
*
「……救済、か」
私は、誰もいない個で、自嘲の笑いを漏らした。 のが苦い。 救済どころか、私がやったことは何だったのか。
『誰があなたに、私の名を勝に暴いていいと許したの?』 『誰が……誰が戻りたいなんて言ったのよ!』
母のあの絶叫が、の奥にこびりついてれない。 母は、ぶどころか、まるででを剥ぎ取られたかのように取り乱していた。 なぜだ。 奪われた名を取り戻すことが、なぜ、あそこまでの拒絶につながるのか。 記にかれていたあの無は、涙の跡は、嘘だったというのか。
「……はあ」
い溜め息をつきながら、私はいつくばって、畳のに散らばった陶器の破片を拾い集め始めた。 仲居さんに任せるのは、あまりにも申し訳なかった。何より、この惨状をこれ以の目に晒したくなかった。
指先にチクリと痛みがる。