"長女にだけ渡された鍵" 第11話
「それ……本物なのか? 親父、本当に百万も借してたのか?」
「本物よ」 私は類の端をく握りしめた。 「公正証の番号も、公証役の印鑑も揃ってる。役所の再発報まで握ってたんだから、狂言じゃない。父さんは、このを担保にして現を引っ張ったのよ」
「そんな……じゃあ、来週までに百万返さなきゃ、このは取られるってこと!?」 織が鳴のような声をげた。 エプロンの裾を握りしめ、顔面蒼で私の腕に縋り付いてくる。 爪が喪の袖を通しての腕にい込み、鋭い痛みがった。
「嫌よ! 絶対嫌! このを取られたら、私どこへけばいいの!? 歳で職歴も資格もなくて、貯だって……貯だって父さんと健に巻きげられて文無しなのに! で野垂れねって言うの!?」
「痛いわよ、織、しなさい!」
私は腕を振り払った。 織の爪が私の首を引っ掻き、赤い筋がすっと浮かぶ。
「取り乱すにを使いなさい! 泣いたって百万はってこないの!」 私は玄関框にがり、を見ろした。 臓が胸の裏側をドスドスと乱暴に叩いている。
「健、あんた虎ノの会社で役員なんでしょ。収千数百万あるって、親戚に触れ回ってたじゃない。からサクッと借りてて替えられないの? 来にはのち退き補償が千万円入るのよ。
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に百万を用てて、補償から精算すれば済む話でしょ」
私の言葉に、健の体がピクリと直した。 彼はを見つめたまま、喉をゴクリと鳴らした。 たい脂汗が、こめかみから頬を伝ってに落ちる。
「……無理だ」
「何が無理なのよ。たった週のて替えよ? あなたの信用力なら、カードローンでも会社の共済でも何でも――」
「無理なんだよ!!」
健が突然、獣のように吠えた。 両でを抱え、に額を打ち付けるようにして悶えする。
「俺に……なんてあるわけないだろ! 貯どころか、借がまだ百万残ってるんだ! それに……それに俺はもう、会社にってない!」
玄関の空気が、瞬で凍りついた。 私と織は、言葉を失って健を見つめた。
「ってないって……どういうことよ」
「先……退職勧奨を受けたんだよ」 健の声は、擦り切れた布のようにさく震えていた。 「規事業の失敗の穴埋めで策にり回って、親父からは毎万仕込めって脅されて……眠症になって、会社で部に鳴り散らして……パワハラで訴えられた。会社から『自己都で辞めるなら退職はす、残るなら懲戒解雇だ』って言われて……先末で、籍だけ残した休職扱いだ。来には完全に無職になるんだよ!」
健は自分の髪を掻きむしり、嗚咽を漏らした。 「俺のどこが『優秀』なんだよ……どこが『このの柱』なんだよ! 全部嘘だ! 親父の期待に応えようとして、親戚にいい顔しようとして、見栄張って級スーツ着て……は借まみれの、ただの負け犬じゃないか!」
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歳の弟が、で子ども折りに体を丸めて泣きじゃくっている。 その無様な姿を見ろしながら、私の背筋にたい悪寒がった。
誰も、何も持っていなかった。 エリートの弟も、献な妹も、見栄と依でボロボロに擦り切れた張り子の虎だった。
「……じゃあ、どうするのよ」 織が、掠れた声で呟いた。 彼女の線が、ゆっくりと、恐ろしいほどの執着を孕んで私へと向けられた。
その目に宿るを、私はっている。 かつて母がんだ、歳の私に向けられた、親戚たちの「頼んだわよ」という無言の圧力と同じだ。
「朋美姉さん」 織が歩、私へ詰め寄ってきた。 「姉さん、公務員の共済組に勤めてるわよね。真面目で、無駄遣いもしないで、ずっと堅くやってきたじゃない。……貯、あるでしょ?」
私は息を呑んだ。
「あるわよね? 退職の積だってあるし、の定期だって崩せるでしょ? 百万くらい、姉さんなら今すぐせるはずよ!」
「ちょっと待ちの……」
「そうだ!」 にいた健が、弾かれたように顔をげた。 涙とでぐしゃぐしゃになった顔に、すがるような、卑屈な笑みが浮かんでいる。
「姉さん、頼む! 百万してくれ! 来補償が入ったら、千万のから姉さんに百万にして返すから! 百万円をつけて返す! だから頼むよ、このを取られたら、俺の再就職の連絡先も実の登記も全部めちゃくちゃになるんだ!」