"義母が突然、結婚指輪をくれた" 第10話
「武田さん……教えてくださって、ありがとうございました」
私は涙をハンカチで拭い、くをげた。
「れて、本当によかった。私、戦います。亮介さんが命を懸けて守ろうとしたものを、私が代わりに守り抜きます」
武田さんは力く頷き、「何か伝えることがあれば、いつでも言ってください」と私の目をまっすぐに見つめ返してくれた。
喫茶をて、葵を保育園へ迎えにき、アパートの階段をがったのは夕方の過ぎだった。
階段の踊りを曲がった瞬、私はがの玄関先を見てを止めた。
玄関ドアのに、巨な段ボール箱が鎮座していたのだ。 荷物の送り状には、豪奢な文字で『神崎 芳』の名が記されていた。
胸騒ぎがした。 私は葵をろにがらせ、震えるで鍵をけ、い箱を何とか玄関のへと引きずり込んだ。 カッターナイフでテープを切り、段ボールの蓋をける。
から現れたのは、の箔押しが施された、級桐箱だった。 桐箱の蓋をけた瞬、独特のしい革の匂いとともに、異様な威圧を放つ物体が目にび込んできた。
最級のコードバンで作られた、というよりは黒にい、なワインレッドのランドセルだった。
百貨の特注品だろう。 革の表面には切の無駄な装飾がなく、職の縫いによる狂いのないステッチが施されている。
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だが、私の目を釘付けにし、背筋を凍らせたのは、その具と内側のデザインだった。
ランドセルの被せ(フタ)を留める真鍮の錠具。 そこに、精密な彫刻で刻み込まれていたのは――神崎の紋である『抱き茗荷』の紋章だった。 さらに被せをくと、割を入れる透窓の革枠のに、箔で燦然と刻印されていた。
『神崎第代 葵』
「……っ」
あまりの禍々しさに、息を呑んだ。
これはランドセルではない。 神崎というが、これから社会へようとする歳の女の背に焼き付けようとした、消えない烙印だ。
「ママ、それ、なにー?」
靴を脱いだ葵が、物珍しそうに寄ってきた。 女の子らしいパステルカラーやい刺繍のランドセルに憧れていた葵は、その黒々とした々しい革の塊を恐る恐る指先で撫でた。
「これ、あおいの? ……なんか、すごくいよ」
葵が両で持ちげようとして、よろめいた。 最級の牛革とコードバンを何層にもねたそのランドセルは、柄な葵の体にはあまりにもすぎた。
「……パパのおうちの匂いがする」
葵がぽつりと呟いた。 古い仏壇の線と、な敷のの匂い。幼い葵の記憶のにある「神崎の」の匂いが、そのランドセルからちっていたのだ。 葵の顔から、みるみる笑顔が消えていった。
その、私のスマートフォンが激しく震えた。
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画面に表示されたのは、義母の番号だった。
私は葵に「お部で絵本を読んでいてね」と言い含め、ベランダにて通話ボタンを押した。
「……もしもし」
『奈緒さん、届いたかしら?』
義母の声は、昨夜の激昂などまるでなかったかのように、嫌で誇らしげだった。
『皇御用達のに、から頼み込んで特別に作らせたランドセルよ。神崎の直系の子供しか背負うことを許されない、特別な特注品なの。あちらの親戚筋にも写真を送ったら、皆、本当に素らしいって絶賛してくれてね』
「お義母様。こんな価なもの、受け取れません」
私のたい声に、受話器の向こうの義母がを鳴らした。
『慮なんてみっともないわよ。所のたちも、神崎の孫がどんな姿で学に通うのか見ているんだから。っぽいビニールのランドセルなんて背負わせたら、神崎のの恥です。……の朝、迎えのを寄越しますから、葵ちゃんを連れてりていらっしゃい』
「迎え……?」
『入学式に着るおを買いにきます。神崎のにふさわしい仕てのものを、私が選んであげますから。いいわね、待っていなさい』
方に通話が切られた。
ツーツーという無質な切断音を聞きながら、私はベランダのすりをく握りしめた。
翌朝、義母からの「包囲網」はさらに骨な形で押し寄せてきた。
朝のを過ぎた頃から、私のスマートフォンに、神崎の親戚たちからの連絡が相次いだのだ。