"昭和五十一年、消えた父の声を十八年後に聞いた" 第1話
毛ラジオは階建てのさな局だった。階には受付とレコード庫、階にはスタジオと調があり、のアンテナが町のどこからでも見えた。テレビが庭へ広がったあとも、夜勤の員やの民にとってラジオは暮らしのをわせる具だった。がで止まれば局がらせ、方の分からない畜がいれば朝の番組で呼びかけた。孝は名ではなく、買い物に声で気づかれる程度の町のアナウンサーだった。
父は放送、届いた葉を卓へ持ち帰ることがあった。所を隠して文面だけ読み、奈津美に「これは番組で読んでいいとうか」と尋ねる。歳の娘が決めるわけではないが、らないの言葉を声にするとき、聞くがどうじるかを確かめたかったのだろう。奈津美がしすぎると言えば、父は曲だけを紹介した。失踪した夜の葉をへ持ち帰らなかったことが、のちに奈津美のでさな違として残った。
警察がへ来た朝、子は夫の背広を押し入れからし、財布、健康保険証、物のコートまで揃っていると説した。く逃げるなら何か持つはずだと訴えたが、刑事は現があれば買えると答えた。奈津美は台所からその会話を聞き、父を探す質問が、父が逃げた証拠を探す質問へ変わっていくのをじた。
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局のが百万円の受領を持ってきたとき、刑事の声はさらにくなった。
「今夜の最の曲は、あいの集落におまいの方からいただいたリクエストです」
昭、群馬県部のさな民放送局《毛ラジオ》で、夜番組『空郵便』がいつものように始まった。役は歳のアナウンサー、相沢孝。く穏やかな声で葉を読み、町の夜勤者や受験勉のへレコードを届ける番組だった。午零の報、孝は枚の葉を読みかけ、自然に言葉を止めた。
秒ほど無音が続き、レコード針が盤面を擦る音が流れた。その、別の男性職員が交通報の録音テープを入れ、番組は予定より分く終わった。翌朝、孝は局にいなかった。駐には自転が残り、机には鏡と弁当箱、料袋が置かれていた。局の裏だけがき、番組で読むはずだった葉は見つからなかった。
当歳だった娘の相沢奈津美は、居のラジオで父の声を聞いていた。母の子は裁の内職をしながら、夜の放送を毎週つけていた。父が黙った瞬、子は針を止めて顔をげた。番組が終わっても帰らないため、午過ぎ、所の話を借りて局へ連絡した。に話はなく、孝から遅くなるとらせる方法も限られていた。
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警察は、孝が自分ので姿を消した能性をく見た。局の経理から百万円がなくなり、彼の名で受領が作られていたからだ。さらに集落の若い女性と親しかったという噂があり、失踪翌週には京駅くで似た男を見たとの連絡も入った。毛ラジオは《本の私事》として番組を打ち切り、族へ詳しい説をしなかった。
子は夫がを持って逃げたとは認めなかった。それでも局を訴えたり、噂を否定するを町へ配ったりはしなかった。の子を育てるため裁へ勤め、奈津美には「父さんのことは、分からないままにしておきなさい」と言った。弟の隆は父の顔をほとんど覚えていない。族ので『空郵便』という番組名をにするはいなくなった。
の平成、毛ラジオは経営振で閉局することになった。歳になった奈津美は県資料館で音声資料の理を担当していた。局の放送テープを町へ寄贈するため、倉庫の目録作りを頼まれる。父の事件を調べるためではない。磁気テープが傷むに、域の声を保する仕事として引き受けたつもりだった。
倉庫には広告録音、選挙演説、学事の継が段ボール箱に詰められていた。放送済みのテープには付と番組名が油性ペンでかれ、消して再利用した物には古い文字が透けている。
奈津美が昭の棚を調べると、父が消えたの箱だけ空だった。