"帰国した父が「家族を忘れた」と言った日" 第6話
縁の鏡はされ、無精髭のえたその顔は、酷くやつれていたが、どこか憑き物が落ちたような穏やかさを取り戻していた。
父のの横には、あののナイフとフォークは置かれていなかった。
母が差ししたのは、削りしの製の塗り箸だった。
父は震えるで箸を取り、掌で包み込むようにして持ち直した。そして、お椀を持ちげ、い汁を、ゆっくりとに含んだ。
「……うまいな」
父のから零れたのは、滑らかな異国の言葉ではなく、の底から搾りされた、ただの「うまいな」という文字だった。
母は箸を止めた。
そして、掛けの端をぎゅっと握りしめ、顔を伏せた。
「……お父さん、おかわり、ありますからね」
母の声は涙で震えていたが、その元には、このの孤独とをすべて洗い流すような、温かい微笑みが浮かんでいた。
父は目をすすり、粒の涙を噌汁の椀のにポタポタと落としながら、ご飯をかきこんだ。
フォークでは掬えない、ナイフでは切り分けられない、族が同じ釜の飯を分けう温もり。父はそのを、失われたの空を埋めるように、何度も、何度も噛み締めていた。
「健次」
父が顔をげた。赤く充血したその瞳は、逃げることなく、まっすぐに息子の目を見据えていた。
「、の願を緒に見せてくれないか。
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……お父さんは、もう派なことは何つ教えてやれない。だが、おがこれからむの話なら、いくらでも聞くことができる」
「……うん」
健次は力く頷いた。
「うん、お父さん。僕、話したいことがいっぱいあるんだ」
昭47のの夜。
テレビからは、相変わらず列島改造論の気と、幹線の延伸を告げる華やかなニュースが流れていた。本がへ、へと駆け抜けようとしていたその代ので、佐伯のさな畳には、ようやく歩みを止めたの男と、そのを握り直した族の、静かで確かな夜が訪れていた。
を渡り、傷つき、言葉を失いかけた男が、再びの「父親」としてき直すためのは、まだ始まったばかりだった。
しかし、ちる噌汁の湯気の向こうにある父の笑顔を見た、健次はもう度と、あの異国のの匂いに怯えることはないと確信していた。
曜の朝、駅の烏森は、通勤から吐きされる濃紺の背広の群れで埋め尽くされていた。
通信業の本社ビルは、階建ての亜の巨塔として、戦本の子産業の栄華を誇示するようにそびえっていた。階の広なロビーには、型の子計算が稼働する涼な空調の音が響き、英語のテレックスを抱えた若いエリート社員たちができ交っている。
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その華やかなメインエレベーターの列をやり過ごし、非常階段の鉄扉をけて暗い階へとりていく男の背があった。
野修平だった。
チャコールグレーのスリーピースはクリーニングにされ、この、父がに纏っていたのは、に仕てたし寸らずの古い紺のサージのスーツだった。首元に巻かれたネクタイは、派な幅広のものではなく、母の節子がアイロンを当てた質素な紋柄。ポマードの匂いも、あの異国の甘いのりも、綺麗さっぱりと洗い流されていた。
「野調査役、おはようございます。先週分のデュッセルドルフからの回収部品の台帳、ここに置いておきました」
の倉庫を兼ねた資材管理課の部で、代の若い事務員が素っ気なく声をかけてきた。机がわずかつ並ぶだけの、の届かない暗い部。かつて父の部だった男たちは、今や本社の企画部で部や課の子に座り、エアコンの効いた層階で製品の米輸プロジェクトを差配していた。
父は「ああ、ご苦労様」とく穏やかな本語で返し、引きしから黒いペリカン製の万を取りした。
机のに積まれていたのは、ドイツで破産した現法から送り返されてきた、欠陥部品のと、膨な英語・ドイツ語のクレーム伝票の束だった。
欧州への過剰な納品、現の規格に致しないトランジスタの具、そして販売代理から突きつけられた莫な損害賠償の請求。