"帰国した父が「家族を忘れた」と言った日" 第3話
父が帰ってきたというのに、のは、父が征したあのよりも遥かにい空虚に覆われていた。
曜から、父の通信業・本社への勤が始まった。
朝7、父は母が用した噌汁と米にをつけず、トーストに無塩バターを塗り、ブラックのインスタントコーヒーだけで朝を済ませた。母が靴べらを差しして玄関で見送る際も、父は「ハブ・ア・ナイス・デイ」とさく呟き、背広の裾を払ってに歩きっていった。
その背を見送りながら、母のち尽くす姿が、ごとにさく、痛々しく見えていった。
異変は、庭内だけに留まらなかった。
もまったある曜、世田の自宅に、父の同僚や学代の友たちが「凱旋祝い」と称して酒瓶を抱えて集まってきた。父と同じく通信業に勤める同期の課や、学の岳部で苦楽を共にした旧友たち。狭い居は、ビールと煙の煙、そして昭40代の度成を支える男たちの太い笑い声で溢れかえった。
「おい修平! よくぞドイツの拠点をちげて戻ってきたな! これで来期の取締役会はおの話題で持ちきりだぞ!」
同期の男が、瓶から父のコップへ景気よく本酒を注ごうとした。
しかし、父はの平をてて、その注ぎをピシャリと制した。
「ソーリー(すまない)、タケウチ。
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向こうではワインかシュナップスしかまなかったからね。ジャパニーズ・サケは、悪酔いするんだ」
座が瞬、凍りついた。同期の男は注ぎを宙に浮かせたまま、苦笑いを浮かべた。
「な、なんだよ修平、臭いな。昔はのガードでコップ酒をあおって、本の通信技術を世界にするんだって管を巻いてたじゃないか」
「……パードン? ああ、そんなこともあったかい。昔のことは、あまりリコール(記憶)できないんだ。ヨーロッパのビジネスは、センチメンタリズム(傷)ではかないからね」
父は縁の鏡を指先で直しながら、ややかな微笑を浮かべた。
岳部の友が、座持ちを取り繕うように話題を変えた。
「そういえば修平、学代にみんなで登った穂の涸沢の、覚えているか? お、いキスリング背負って、頂で『いつかヨーロッパアルプスを歩いてみたい』って叫んだよな。あの、事で焼けちまったんだよ」
友の懐かしげな差しに対し、父は煙を皿に落としながら、首をかしげて見せた。
「……ホタカ? カラサワ? すまない、本のの名は、もう発音が難しくてね。アルプスといえば、私にとってはマッターホルンやユングフラウのことだよ。スケールが違いすぎる」
居の空気が、急速に引き攣っていった。
昔話のすべてを、父は「忘れた」
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「いせない」と切り捨てていく。相の言葉のイントネーションを真似るように英語を挟み、まるで自分だけが別の次元の文から界を眺めているかのような態度を崩さない。
やがて、客たちは、またと居悪そうに計を気にし始め、「じゃあ、修平も疲れているだろうから」と、予定よりももく散会していった。
玄関の引き戸が閉まり、静まり返った居で、母は畳のに散らばった吸い殻や皿を、無言で片付け始めた。
「……お父さん。あの方々は、お父さんの無事をからんで来てくださったのですよ。もうし、懐かしいお話をしてあげてもよかったのではありませんか」
母が絞りすように言うと、父はソファに背を預け、酷に吐き捨てた。
「セツコ、過を懐かしんで何になる。彼らは five years()と同じ所で踏みをしているだけだ。世界はいている。私には、彼らのドメスティック(内向き)な繰り言に付きっている暇はないんだよ」
父はちがり、寝へと消えていった。
台所で洗い物をする母の背が、刻みに震えていた。の蛇から流れるの音に紛れて、母の押し殺した嗚咽が聞こえてきた。
健次は居の隅で、拳を爪がい込むほど握りしめていた。
父は、異国のんだ文化をにつけて帰ってきたのではない。
自分たちを、そして自分がかつてきていた本のを、あらかじめ切り捨てることでしか、っていられないのだ。