"帰国した父が「家族を忘れた」と言った日" 第2話
母は助席の運転に気を遣いながら、窓を流れる京タワーや、建設ラッシュに沸く層ビル群を指差して必に言葉を紡いだ。
「お父さん、京もずいぶん変わりましたでしょう。オリンピックのもあちこちに速ができて、世田の駅にもスーパーマーケットというきなができたんですよ」
部座席の央にくを沈めた父は、腕組みをしたまま、窓のを瞥しただけだった。
「……トラフィック(交通渋滞)がひどいな。ヨーロッパのシティー・プランニング(都計画)と比べると、やはりトウキョウはまだカオス(混沌)だ。空気がひどくダスティ(埃っぽい)だよ」
滑らかな英語交じりの呟きに、母は困ったように微笑み、それ以言葉を継ぐことができなくなった。健次は父の隣で、膝のの学鞄を抱え込んだまま、縮こまっていた。父の肩が触れるたび、あの異国のの匂いが腔を突き、呼吸が浅くなる。
築15の造平の玄関をくぐった瞬、父はで靴を脱ぐ際、ひどくぎこちない取りを見せた。まるで、板敷きの段差を乗り越える方法を忘れてしまったかのように、鴨居にをぶつけそうになりながら居へがり込んだ。
「狭いな……井がこんなにかったか」
父はネクタイを緩めもせず、畳の真んにち尽くし、鴨居や褪せた砂壁を値踏みするように見回した。
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母が台所から運んできた座布団を勧めると、父はズボンの折り目を気にしながら、正座ではなく、片膝をてるような自然な姿勢で畳のに腰をろした。
その夜の卓には、母がから仕込みをしていた尾付きの鯛の塩焼きと、父の好物だった里芋とイカの煮物、それに炊きての米が並んだ。
「お父さん、デュッセルドルフではお魚なんて召しがれなかったでしょう。築で番いいのを買ってまいりましたのよ」
母が誇らしげに膳をえ、塗り箸を差しした。
しかし、父はその箸を受け取らなかった。アタッシュケースから取りした細い革のケースをけ、自ののフォークとナイフをテーブルのにカチャリと置いた。
「すまないが、セツコ。、ナイフとフォークの活だったからね。箸を持つと、指の筋肉がスティッフ(張る)してしまうんだ。……あと、この煮物はしソイソース(醤油)がすぎるな。胃にヘビーだよ」
父は器用にナイフとフォークを使い、鯛のを削ぎ落としてに運んだ。咀嚼の音だけが、蛍灯のブーンという微かな唸りと混ざりい、畳に響いた。
健次は茶碗を持ったまま、けなくなった。
父が単赴任する、このちゃぶ台で起きた数々の来事が、馬灯のように脳裏を駆け巡っていた。
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健次が箸の持ち方を違えて魚の骨を喉に詰まらせた、父は「男なら飯くらい綺麗にえ」とゲンコツを落とした。曜には、母の作ったしょっぱい煮物を肴に、サッポロビールの瓶を嬉しそうに喉へ流し込んでいた。
その父が、今、目のでフォークを握り、醤油の匂いに眉をひそめている。
「……お父さん」健次はを決して声を絞りした。「僕、来は都のを受験しようとってるんだ。お父さんの母の」
父はフォークをかすを止めず、皿のを見つめたまま答えた。
「ニシ・ハイスクールか。……本のエデュケーション(教育)システムは、相変わらず受験戦争辺倒なのかい? ドイツのギムナジウムのように、もっとインディビデュアル(個性)な教育を受けさせるべきだと、私はうがね」
「あ……うん……」
会話が、そこで完全に途切れた。
父の言葉は、本語の体裁を保ちながら、その実、健次や母の差しすのすべてを撥ねつけるための、分いガラスの壁だった。
父は、自分たちのっている父ではなくなっていた。
いの向こうで、自分たちが追いつくことのできない「しい」にまれ変わり、この古びた平の暮らしを、代遅れの遺物のように見している。
その夜、健次は自の机に向かいながら、引きしの奥からあの父のを取りした。
インクの染みた片を握りしめ、健次は胸の奥がたく凍りついていくのを止められなかった。