"帰国した父が「家族を忘れた」と言った日" 第1話
昭471014、曜。まだ真しい京モノレールの窓に額を押しつけながら、15歳の健次は、埋ののをただ見つめていた。
母の節子は、隣の座席で膝のに置いた黒いハンドバッグの留めを、何度も親指の先で確かめるように擦っていた。見い結婚から18、そのうちの丸5を、彼女は夫のいない京・世田の借で、の子どもを育てながら切り盛りしてきた。母の着ているウールのツーピースは、父が旅った昭42のに仕てたもので、袖と肘のあたりがわずかにく擦り切れていた。
「健次、ちゃんとネクタイは曲がってないかい。お父さんが改札をてきたら、番に『お帰りなさい』って言うんだよ」
母の声は、湿ったのように頼りなく震えていた。健次は首元を締めつける学のホックを指で緩め、「分かってるよ」とだけく返した。
父・野修平、46歳。総メーカー「通信業」の輸部課補佐だった父は、度経済成の気が本列島を覆い尽くそうとしていた昭42、社運を賭けたドイツ・デュッセルドルフ現法へのちげ員として、羽田からびった。
当の本にとって、赴任はエリートのエリートにのみ許された特権であり、同に族を本に残していく「企業戦士の征」
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そのものだった。父が旅ったあの、健次はまだ学の4で、ランドセルを背負いながら、タラップを登っていく父の広い背を誇らしげに見げていた。に度届くいエアメールには、万の角ばった文字で、異国の代なオフィスや、アウトバーンを疾するメルセデス・ベンツの絵葉が同封されていた。
『健次、男は世界を相に戦わなければならない。京のと母さんを頼むぞ』
そのの言葉を、健次は学の3、机の引きしの奥に切に仕い込み、父のを埋める標にしてきた。父はい異国で、本の未来を背負って戦っているのだと、疑いもせずに信じ込んでいた。
羽田空港の国際線到着ロビーは、再会を果たす族たちの歓声と、フラッシュの焚かれるで異様な気に包まれていた。自ドアがき、きなトランクを押した背広姿の男たちが次々と姿を現す。
「……あ、お父さんだわ」
母が息を呑み、さくちがった。
混みの奥から歩みてきた男を見て、健次は臓をたい指先で掴まれたような錯覚を覚えた。
そこにっていたのは、記憶のの父ではなかった。
仕ての良いチャコールグレーのスリーピースに、本ではまだ見かけない幅広のネクタイを締め、片には真しいサムソナイトのアタッシュケースを提げている。
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髪はポマードで完璧に撫でつけられ、縁の鏡の奥の瞳は、まるで初めてを踏み入れた未のを見ろすような、奇妙に平坦なを湛えていた。
何より異様だったのは、その体から漂う烈な匂いだった。髪料の甘い芳と、乾いた煙、そして本の庭には決してしない、と獣脂の混ざりった異国の匂いが、父の歩ごとにロビーの空気を侵していった。
「お父さん……お帰りなさいませ。本当にお疲れ様でした」
母が駆け寄り、つ指をつくようにく腰を折った。健次も慌てて制を脱ぎ、直でをげた。
「お父さん、お帰りなさい」
しかし、父はち止まると、い唇の端をわずかに歪めて笑っただけだった。トランクを置くでもなく、母の肩にを置くでもなく、胸ポケットから取りしたいリネンのチーフで、額の汗を拭った。
「……ああ。ロング・フライトでし、タイアード(疲れた)だよ。セツコ、タクシーはもうアテンドしてあるのかい?」
吐きされた声は、く、妙ににかかった調子を帯びていた。
健次は顔をげ、父の目を見た。
父の線は、健次の顔を通り過ぎ、ターミナルの井に吊るされた掲示板のアルファベットへと向けられていた。その瞳には、5ぶりに再会した息子への温もりも、いを詫びる揺らぎも、何つ映っていなかった。
世田の自宅へ戻るハイヤーの内は、苦しい沈黙に支配されていた。