"消えた姉と18年後の手紙" 第3話
やがて見いで妻を迎え、実のくにさな所帯を持った。
そして昭57、父の正が胃がんのため、73歳で息を引き取った。
厳格で、曲がったことを嫌い、の消防団や農協の役員を務めげた父の葬儀には、くの弔問客が訪れた。誰もが「頑固だが、実直で派なだった」と正を偲んだ。しかし浩の胸には、どこか割り切れない鉛のようなしこりが残り続けていた。
姉が消えてからの18、父は庭内で「佐子」という名をにすることを頑なに禁じていたからだ。タエが仏壇ので姉の写真を抱いて涙を流すたび、正は「親を捨てて逃げた孝者のことなど忘れてしまえ」と激昂し、には膳をひっくり返すことすらあった。
葬儀から初を過ぎた曜、浩は、誰もいなくなった実の片付けをしていた。
のい差しが、埃のう仏に細く差し込んでいた。黒りする仏壇の引きしを改め、古い過帳や権利証の束を理していた浩のが、仏壇の最段、隠し引きしのように設えられた板の窪みで止まった。
指先を隙に差し込んで持ちげると、奥から油に包まれた平たい菓子缶が現れた。
蓋をけると、にはの権利証や恩の証ではなく、茶く変した枚のい片が収められていた。
広告
国鉄の刻表だった。
に印字された発は『昭393号』。佐子が消えた、まさにあのの刻表だった。
信越本線のり列が並ぶページがかれ、定規を使って引かれたような几帳面な赤い鉛の線が、本の列のに引かれていた。
しかし、その線が引かれていたのは、佐子が乗るはずだった夜の京き夜普通列「越」ではなかった。
『信越本線り 越湯沢発 潟き普通列 午分発』
野とは、完全に真逆の方角。
本側へ向かってする、夜のローカル列だった。
「……なぜだ?」
浩の指先が刻みに震え始めた。正の几帳面な跡で、その列の到着駅である「岡」と「潟」の文字の横に、さく『着』とだけき込みがあった。
さらに缶の底をまさぐると、つ折りにされた枚の便箋が、い封筒に入った状態でてきた。
消印はない。切も貼られていない。
便箋を広げた瞬、浩の呼吸が止まった。
流れるような、しかし芯の通った柔らかな文字。代、自分の教科の表に名をいてくれた、あの姉の文字だった。
付は『昭』。失踪からヶの付だった。
『お父さんへ。 私はきています。 京にはきませんでした。あの野の裁には、最初からくつもりはありませんでした。
広告
誰にも騙されてはいません。すべて、私自がで決めたことです。 もう、あのには戻りません。の娘としての私のは、あの駅で終わりました。 お母さんと浩には、どうか私がきていることを言わないでください。んだものとして諦めさせてください。 それが、私がお父さんとのにできる、最のお願いです。 佐子』
部のの音が、すべてのいていくような覚だった。
姉はきていた。
事故に巻き込まれたのでも、攫いに遭ったのでもなかった。
そして何より——父は、最初からその事実をっていたのだ。
母が夜に玄関の戸をけて泣き崩れていたも、親類から「孝な娘だ」とろ指を指されていたも、父はこのを仏壇の底に隠し、淡な沈黙を守り続けていた。
なぜ父は、母に真実を告げなかったのか。
なぜ18もの、娘のをに葬りり、自らも娘を呪うような言葉を吐き散らしながらんでいったのか。
浩は便箋を胸ポケットに押し込み、ちがった。
計の針は正午を指していた。18に止まったはずの族のが、錆びついた歯を軋ませながら、再び恐ろしい速度できそうとしていた。
昭57の晩、浩は休暇を取り、元に残された僅かながかりを握りしめて越湯沢駅のにっていた。
越幹線の通をに控え、駅舎は巨なコンクリートの代な建物へとまれ変わろうとしていた。