"搭乗直前、警察犬が機長に飛びかかった――10時32分、空港全便が止まった理由" 第1話
の鞄
搭乗始まで、あと12分だった。
瀬戸内空港の乗員専用通を、航空217便の、黒川慎吾がでんでいた。には黒いフライトバッグ。では、副操縦士から届いた最終確認のメッセージを見ている。
その黒川へ、警察犬ハヤテが突然びかかった。
数秒まで、通にはいつもの朝が流れていた。ガラスの向こうでは係員が信号を交わし、217号の部では最の荷物が積み込まれている。館内放送は羽田きの優先搭乗を案内する寸だった。
瀬も、ハヤテと定例巡回を終えるだけのはずだった。ところが黒川とすれ違う2メートルで、ハヤテの歩調が変わった。がへ向き、がバッグのさを追い、次の瞬には全でリードを張った。
鋭い爪音がに響き、体32キロの体が黒川の膝元へ突っ込む。黒川はバッグを胸のに引きげ、よろめいてガラス壁に肩をぶつけた。
「何をするんだ!」
周囲にいた客乗務員が息をのみ、警備員が駆け寄ろうとした。
だが、ハヤテの訓練士である瀬直は、犬の首輪を引いて終わらせなかった。く制止の指示をし、自分の体を黒川とのへ入れる。
ハヤテは吠えていなかった。も見せていない。に伏せ、先を黒川のフライトバッグへ向けたまま、歩もこうとしなかった。
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それは攻撃ではない。
爆発物を検したにだけ見せる、訓練どおりの反応だった。
誤反応では済ませられない。ハヤテは6歳。空港配備から4で、訓練試料を見落としたことは度もなかった。方で、のへ襲いかかったこともない。今も狙っているのは黒川の腕や脚ではなく、バッグの持ちとファスナーの境目だった。
壁の計は938分を示していた。
「瀬さん、この犬をげてください。私は217便のです」
52歳の黒川は、方空港でも名をられたベテランだった。無事故でび続け、社内の全表彰を2度受けている。声は抑えていたが、制の肩がくこわばっていた。
「であることは承しています」
瀬はハヤテの呼吸との向きを見ながら答えた。
「では、なぜ止めるんです。もうすぐ搭乗が始まる」
「ハヤテはあなたではなく、そのバッグに反応しています」
黒川の線がへ落ちた。
バッグには運航資料、会社支のタブレット、鏡、常備薬しか入っていないという。今朝、自宅から自分で持ってきた。空港内でも放した覚えはない。
黒川のろでは、副操縦士がを止めていた。何か言いたげにをきながら、の肩章とのバッグを交互に見る。乗員通のでは、事をらない搭乗係が「がお見えにならない」と無線で確認していた。
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瀬は、その声を聞いても判断を変えなかった。予定どおりばすことより、ばしてよい状態かを確かめること。それはも警察官も同じはずだった。
「を見せます。今ここでければ済む話でしょう」
黒川がファスナーへ指をかけようとした瞬、瀬はのひらを突きした。
「触らないでください」
通の空気が変わった。
瀬は無線で警備隊本部を呼びした。爆発物検索犬の確定作、対象は乗務員の携品。員をげ、通両端を封鎖するよう求める。
返事を待つも、ハヤテはバッグを見ていた。14組んできた瀬には、その姿勢の違いが分かる。べ物や油の臭いに気を取られているのではない。ハヤテは、っている臭いを見つけていた。
瀬は黒川から3メートルれたを指した。
「バッグをゆっくり置いて、こちらへ来てください」
「私を疑っているんですか」
「まだ、誰も犯だとは言っていません。ただし――」
瀬は、集まり始めた職員全員に聞こえる声で告げた。
「そのバッグには、誰も触れられません。黒川、あなた自もです」