"18年間閉ざされた納屋" 第3話
兄は「施設」へった
のには、兄に関する決まりが増えていった。
だけでへない。兄から頼まれても、先に父か母へ聞く。勝に約束しない。兄が嫌がっても、両親の判断を優先する。
にかれた規則ではなかったが、私はいつのにか覚えていた。
ある夕方、兄が庭を指差した。
「」
私は反射に父を見た。
「今はだめだ」
「」
兄がもう度言うと、父は聞をめくった。
「うるさい。今はかない」
兄は黙った。私は「にしよう」とさえ言えなかった。勝に約束してはいけないと言われていたからだ。
その夜、廊で両親の話を聞いた。
「このままずっとで見ていくの?」
母の声だった。
父はし黙り、く答えた。
「直のことは俺たちで決める」
兄自に聞く、という言葉はなかった。
私が13歳になった。学から帰ると、玄関から兄の靴が消えていた。
台所で夕を作っていた母へ聞いた。
「お兄ちゃん、どこ?」
包丁が度だけ止まった。
「しばらく別のところで暮らすことになったの」
「どこ?」
「施設よ」
「いつったの?」
「今」
私は言葉を失った。
「どうして言ってくれなかったの?」
「学があるでしょう。それに、お別れすると直が混乱するから」
兄のため。その言葉をされると、私はかった。
夜、父にも聞いた。
「施設の名は?」
「おがる必はない」
「会いにける?」
「しばらくは無理だ」
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「話は?」
「しない方がいい」
「いつまで?」
「決まっていない」
全部の答えが、兄のためという形をしていた。
翌、私は兄へをいた。しい担任のこと、庭ののこと、蔵庫に麦茶が入っていること。最に「また会いたい」といた。
所が分からないので、封筒には兄の名だけをき、母へ渡した。
週。
「、渡した?」
「まだよ」
「どうして?」
「今は刺激しない方がいいって、施設のに言われてるの」
「そのの名は?」
母のが止まった。
「そういうことまで聞かなくていいの」
初めて、し変だとった。施設のが言ったのなら、そのの名くらい聞いてもいいはずだ。
私は学の図で福祉施設について調べた。族が面会できる所も、を受け取れる施設もあるとった。
父へ話すと、顔つきが変わった。
「余計なことを調べるな」
「お兄ちゃんのところは何が違うの?」
「直のは違う」
「何が?」
「俺たちが決めたことだ」
話はそこで終わった。
それから兄の誕が来るたび、私は聞いた。会えないの。話できないの。所だけでも教えて。
返事は変わらなかった。
「まだ難しい」
「今は落ち着いている」
「会えば元に戻るかもしれない」
学を卒業する頃、私はと鉛を持って父のへ座った。
「施設の名だけいて」
父は何もかなかった。
「直のことは俺たちに任せろ」
その夜、兄へいたを探した。母の鞄の横には、もうなかった。
送ったのか。捨てたのか。
確かめられなかった。
兄へ繋がるだけが、つずつ消えていった。