"誇りの遺言と五千億の預金" 第11話
今回の同窓会は平成がメインスポンサーを務めており、の幹部数名が来賓として招かれていたのである。
梶原は涼のくたびれたスーツを瞥したが、何ら気にとめる様子もなく、そのまま横を通り過ぎていった。 涼はその背を見送ることもなく、静かな取りで再び宴会へと戻っていった。
宴会のい扉を押しけると、リカの障りな笑い声が再びフロアを満たしていた。何杯も級シャンパンを煽ったせいで、彼女のい肌は赤く気し、取りはおぼつかなくなっていた。
涼が自分の席に戻ろうとしたその瞬、リカが取り巻きを引き連れて、まるで待ち構えていたかのように再びち塞がった。
千佐がハッとして涼を庇うようににようとしたが、リカはその肩を乱暴に押し退けた。
「邪魔よ、瀬さん! あんたに用はないわ。……ねえ、島君? さっき言い忘れたことがあるのよ」
涼はち止まり、無言のままリカの瞳を見つめ返した。その徹底した無反応が、酔ったリカの神経を逆撫でする。
「ちょっと、無しないでよ! 偉そうに!」
苛ったリカは、涼の胸元にを伸ばし、そのスーツの襟元を掴んで乱暴に揺さぶった。 その拍子だった。 涼の内ポケットから、何かがスルリと滑り落ち、絨毯のに音もなく落ちた。
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何もの歳を経て隅が擦り切れ、幾にも折り畳まれた、茶に変した通の便箋であった。
「……あら? 何これ」
リカの鋭い線が、元に落ちた切れを捉えた。彼女は素くをかがめると、涼がを伸ばすよりもく、そのを拾いげた。
「返してくれ」
涼のくたい声が響いた。涼が歩へと踏みし、全から無言の威圧を放つ。 しかし、アルコールで理性を麻痺させたリカは、その静かなりをにして、逆に勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「何よ、これ? そんなに事なものなわけ? 見せてみなさいよ!」 「触るな。それを今すぐ返せ」 「何よ、その偉そうな命令調は! あんたみたいな底辺が、私に指図するんじゃないわよ!」
リカはわざとらしく両でを広げると、百の同窓たちが聞きをてる宴会の静寂の、嘲笑を交えながら声で読みげ始めた。
「『涼へ。あなたは私の誇りです。どんなも、胸を張ってきなさい。母より』――きゃはははは! 何これ、お母さんの遺!?」
会の空気が、瞬にして凍りついた。 誰もが息を呑み、血の気が引くのをじていた。の親の遺品、それも最期のを奪い取り、公衆の面で晒しげるなど、もはやの所業ではなかった。
「ちょっと、リカ……それは流にまずいんじゃない……?」
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背にいた取り巻きのが、あまりの異常さに怯えて声で袖を引いた。しかし、暴するリカのには届かない。
「気持ち悪い! 過ぎたおっさんが、んだ掃除婦のババアの遺言を、事に持ち歩いてるわけ!? 何の価値もない、ただのゴミクズじゃないの!」
その瞬、涼の全が刻みに震えた。 握りしめた拳からミシミシと骨の軋む音が鳴り、その瞳には、これまでので誰も見たことがないような、絶対な零度の殺気が宿っていた。
涼が、歩、また歩とリカへとづく。 その圧倒な気迫に圧され、リカはわず「ひっ……」とい鳴をげて歩ずさった。
「な、何よ……! 脅す気!? パパに言ったらあんたなんか――」
涼は言葉を発することなく、リカの首を掴むこともせず、ただ無を言わせぬ絶対な力と速さで、リカのからを奪い返した。 リカは奪われたの甲を痛そうに擦りながら、悔しげに涼を睨みつけた。
涼は震える指先で、母のに付着した見えない汚れを払うように丁寧に撫で、折り目に沿って慎に折り畳んだ。そして、母の温もりを確かめるように革の財布へと戻すと、それをスーツの最もい内ポケットへと切にしまい込んだ。
そして、ゆっくりと顔をげ、リカを氷のような徹な差しで見ろした。
その瞳に宿る絶対な侮蔑とたさに、リカの肥化したプライドは激しく引き裂かれた。清掃員の息子に、この自分が、見ろされている――その事実が、彼女の狂気を決定なものにした。