"誇りの遺言と五千億の預金" 第8話
まだこのにきていたの?」
涼はちがることなく、テーブルののグラスを見つめたまま、くい声で答えた。
「……ああ」
リカは涼の向かいにあるパイプ子をこれ見よがしに引き、ドサリと腰をろした。そして、組んだ脚を刻みに揺らしながら、涼の姿をから爪先まで品定めするように見つめ回す。
「相変わらずねえ、その格好。量販の物スーツに、踵の擦り減った革靴……今、そんなみっともないなりでにてくる、うちのの窓にも来ないわよ?」
背に控える取り巻きの女性たちが、元にを当ててクスクスと品な笑い声を漏らした。涼は反論することなく、ただ静かに琥珀の液体を見つめ続けた。
「ところで島君、今は何の仕事をしてるわけ? まさかお母さんと同じ、お掃除さん?」 「……さな会社を、経営している」
涼が淡々と告げると、リカの細い眉が瞬だけピクリとねがった。
「へえー! 経営者なんだ? じゃあ当然、うちのパパの平成に法座くらい持ってるんでしょうね?」 「……まあ、応な」 「『応』ですって! ねえ、聞いた? 応だって!」
リカがげさに肩を揺らして取り巻きたちを振り返ると、取り巻きたちも調子をわせて嘲笑の声をげた。リカはを乗りし、涼の顔を覗き込むようにして言葉をねる。
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「どんな会社なのよ? 従業員は何? 資本はいくら?」 「……した会社じゃないよ」 「ほーらね! やっぱり! 自分で『したことない』って言っちゃうあたり、昔からちっとも変わってないわね。いかにも島君らしくてしたわ!」
リカは満げにシャンパンにをつけると、そこから堰を切ったように、自の贅沢な暮らしぶりの自話を捲して始めた。
「私はね、に回は必ず旅にっているの。もちろん、はきも帰りも全てファーストクラス。泊まるのはつホテルのスイートルーム以あり得ないわ。自宅? 港区の湾岸タワーマンションの最階よ。ガレージにはが台並んでいて、毎どれに乗ろうか迷っちゃうくらい。これが本物の『』の暮らしなのよ。島君のようなには、かかっても像すらつかない世界でしょうけどね」 「リカちゃんのマンション、この遊びにかせてもらったけど、本当に異次元だったわよねー」 「そうでしょう? あ、そうそう! 島君、パパの平成の総預残、ってる? 兆千億円よ、兆千億円! 島君のちっぽけな会社の売なんて、うちのの端数にも満たないんじゃないかしら?」
語られる自のすべてが、自分自の力ではなく、父親の権力と財力に寄しているだけのものであることに、リカ自は何の恥じらいも抱いていなかった。
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涼は両をテーブルのに置いたまま、微だにせず、ただ静かに耐えていた。に母から教えられた「耐えることの尊厳」を胸の内で反芻しながら。
だが、リカの次の言葉が、涼の限界を音をてて打ち砕いた。
「ねえ、島君。そういえば、あんたのお母さんは? まだあの汚いモップ持って、どこかのをいつくばってお掃除してるわけ?」
ドクン、と涼の臓が激しく脈打った。 の母の姿が、鮮血のような痛みを伴って脳裏に蘇る。
「……あ、そうか。もうも経ったんだもんねえ。さすがにあの齢じゃ、とっくに定かしら?」
涼はテーブルので拳をく握り締め、爪がのひらにくい込むのをじながら、震える声を極限まで抑えて答えた。
「……母は、もういない」
リカは瞬だけ丸く目を見いたが、次の瞬には興を失ったように、げさに肩をすくめてみせた。
「あ、そう。ふーん……まあ、あのも、所詮は底辺のだったんでしょうね」
その瞬、周囲の空気が完全に凍りついた。 隣のテーブルで歓談していた同級の男性が、あまりの非な物言いにわず腰を浮かせかけたが、同伴していた妻に袖をく引かれ、苦渋に満ちた表で再び座り込んだ。
くなったのを、公衆の面で「底辺」と嘲笑う――。 それは、いかに傲なであっても、として絶対に越えてはならない線であった。