"薬を忘れて戻ると、「歩けない」夫が立っていた" 第1話
初の湿り気を帯びたぬるいが、古い造平の軒先を揺らし、錆びた鈴を鈍く鳴らしていた。
佐織は、助席のシートの隙に滑り落ちていたい調剤薬局の袋を拾いげると、額の汗をの甲で拭った。袋のに入っているのは、夫の健太が腰椎椎板の術を受けてから毎欠かさず用している神経疼痛緩薬のプレガバリンと、い消炎鎮痛剤だった。回でもみ忘れると夜に激痛がぶり返すからと、主治医から厳に注されていた薬である。
のトランクからさ14キロあるスチール製の子をろし、夫の体を抱きかかえるようにして玄関のがり框を越えさせたのは、ほんの15分のことだった。
「すまないな、佐織。今もの痺れがひどくて……すりまで肩を貸してくれ」
脂汗を滲ませ、脂の抜けた枯れのように々しく呻きながらすがりついてきた健太の全体を、佐織の肩はまだ々しく覚えていた。片1半、週末の渋滞で混みう国を、助席の夫の腰に響かないよう細の注を払ってアクセルとブレーキを踏み続け、到着するや否や息を切らしながら居へ運び込んだのだ。
「佐織さん、本当にご苦労様。でも絶対に無理させちゃ駄目よ。健太はまだつのもやっとの体なんだから、あなたがしっかり支えてあげてちょうだいね」
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迎えた義母の数枝は、汗だくになった佐織にたい麦茶杯差しすこともなく、を押すようにその言葉を繰り返した。佐織はその度にくをげ、休むもなく自宅へ引き返すのが、健太が退院してからの2ヶ、度も欠かすことのなかった曜の決まり事だった。
薬を渡すため、勝の引き戸にをかけようとしたその瞬だった。
のから、く弾んだ男の笑い声が漏れ聞こえてきた。
「——あいつ、ちょうど今をしたところだよ。うん、嫁は帰った。今からそっちへくから待っててよ」
臓が嫌なね方をした。聞き違うはずもない、夫・健太の声だった。
先ほどまで助席で呻き声をあげ、会話すら途切れ途切れだった男の声とはまるで違っていた。張りのある、どこか浮きったようなるい響きが、い板壁越しに鮮に鼓膜を震わせる。
佐織は息を殺し、玄関脇の磨りガラス越しに暗い廊へと線を凝らした。
磨りガラスの淡いの向こうで、信じがたい景がいていた。
健太が、子からすっとちがったのだ。
ふらつく様子も、どこかを掴んで支えを求める素振りも切ない。何事もなかったかのように両でスマートフォンを操作しながら、つかつかと軽やかな取りで廊を歩き、奥の仏へと消えていった。
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佐織の指先から、急速に体温が失われていった。
りやしみが湧きがるよりも先に、全の血液が元から抜け落ちていくようなたい戦慄がる。薬袋を握りしめるの甲に、青い筋が浮きがっていた。
私の肩に全体を預け、苦悶の表を浮かべていたあの姿は、すべて演技だったのだろうか。
平はフルタイムで経理事務として働き、帰宅すれば掃除と洗濯、夫の入浴介助や流にい消化の良い事の用に追われ、倒れ込むように眠る々。になれば自分の休息などほども考えず、子をトランクに積み込んでこの実まで送り届けていた。
『病気のは、元気な方が支えるのが夫婦として当然だ』
そう自分に言い聞かせ、疲労で鉛のようにい体に鞭を打ち続けてきた々のすべてが、磨りガラスの向こうの軽な音ひとつで音をてて崩れっていく。
佐織は、ノブにかけたをゆっくりとした。
ここで戸を蹴破るようにび込み、薬袋を投げつけて問い詰めたところで、彼らはどう反応するだろうか。
『たまたま今、奇跡に痛みが引いただけだ』『おを配させたくなくて、無理してったんだ』。
そんな見え透いた嘘と誤魔化しを並べてられ、義母が割って入って息子を庇う景が容易に像できた。
客観な証拠も事実の裏付けもないままを爆発させれば、ヒステリックな悪者に仕てげられるのは目に見えている。